hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

魂と肉体

回答数回答 2
有り難し有り難し 12

魂が肉体にはいっている
肉体はスーツのようなものというのは
本当なのでしょうか?


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

その魂というのは何か?

結論 (^<^)まず、あなたの言われるところの「魂」の意義をご自身で、正しく認識、理解してみることです。
「私は、何をつかまえて 魂というものを認めて握っているのか?」
それが❝明晰性❞につながる答えになるでしょう。

不確かなもの、無いものをあるかのように思っては妄想が膨らむだけです。
見える、聞こえる、香る、味、感覚、真実実相を相手にするのが仏教です。
もう一度冷静になって考えてみましょう。
およそ、わたしたち人間の多くは、何の事を魂と呼んでるのか。

「何を喚んでか魂と為さんや?」
何をこそ魂と呼ぶべきでしょうか?

それもよくワカランうちから、有るか無いかすらもはっきりしないものを相手に、やれ魂がどうしたとか、取り扱っている本人たちがよくワカッテもいないのに、・・・これって、ぶっちゃけおかしいと思いませんかね?(^<^)
それこそ一番「魂」を失っている状態と言えませんか?
まつなかさんのことではありません。
あなたと同じ、疑問を多くの方々が持たれておられると思います。
無いもの を あるかの如くに 持ち込んで どうしたこうしたと騒いでいないかどうか?

そういうのは、その問いかけ自体を疑って、問いかけしてみることです。
私は、これを知ることで何をしようとしているのか。
あったからどうだというのか。
なかったらどうだというのか。
何の事を私は魂などと思い込み始めたのか。
自分の思いに自分がくらまされない生き方こそ、魂のある生き方と言えると私は思います。

{{count}}
有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

肉体も心も瞬間瞬間に変化している

仏教では魂という言い方に馴染みがうすいので、なんとも言えません。
魂とは何かを定義していただければ話しやすいでしょう。
体と心については、体のことを仏教では色(しき)と言います。物質のことも色と言います。
心については、名(みょう)と言います。
名には受・想・行・識の4つの要素があります。
色の1つと、名の4つを合わせて五蘊(ごうん)と言います。
人間とは結局、五蘊それぞれが瞬間瞬間に変化し、関係しあいもつれながら連続しているようなものです。
色のスーツのに名(受想行識)が入っているのかというと、ちょっと違う気もします。

{{count}}
有り難し
おきもち

がんよじょうし。浄土宗教師。「○誉」は浄土宗の戒名に特有の「誉号」です。四十代男。 仏教は、悩み苦しみを制御したり消したりするための教えです。まだまだ未熟者の凡夫ですがよろしくお願いします。

質問者からのお礼

ありがとうございます!

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ