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胸を張れますか?

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有り難し有り難し 12

世界中の僧侶の中で、日本の僧侶だけ「僧侶」ではないと言われてるのはご存知ですよね?
それは結婚=性行為、殺生=生き物を食べる、酒を飲むからです。
出家してから一度も性行為したことなく、蚊や虫を殺したこともなく、肉を食べたこともなく、酒を飲んだこともないというお坊さんがいましたら、そのお方だけの説法を伺いたいです。
肉欲に溺れているのに坊主の説法だなんて自分が恥ずかしくなりませんか?
説法代は懐が痛いくらいがちょうどいいと言います。
とんでもない!
そのお金をどんな思いして稼いでると思っているんですか!?
何でたった一度の葬儀に十万も取るんですか?
初七日、49日は3万ずつ。
少ないとなぜ機嫌悪くなるんですか?
葬儀も供養も全てお坊さんの生活のためにある霊感商法なんですか?
真面目に聞いていますので逃げずにお答え下さい。
釈尊が金払えない貧乏人はほっとけと説いたんですね?


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

納得のいくお寺とお坊さんを探されると良いと思います

おっしゃる通り、妻帯が日本仏教の僧侶を「本当に僧侶なの?」と思わせる最大の問題です。
仏教者の妻帯という例はネパール仏教の一部宗派にもあるそうですし、韓国仏教にはお寺の門前に事実上の奥さんの家がある例も珍しくないというお話をうかがったこともあります(これは戦前の日本統治下で流入した日本仏教の影響という方もいます)。
しかし、日本のようにおおっぴらにお寺の中に奥さんがいる、というのはまず他に例を見ないでしょう。
これを言われれば私たちお坊さんは「すみません」とションボリするしかありません。

ただ一言すると、戒律は「比丘として出家修行するために必要な決まりと約束」であって、戒律を守っているから「神聖」で、守っていないから「俗悪」だと簡単に決めつけられるものではないように思われます。
上座部仏教の比丘の方でも「好きな女性ができて結婚したいので還俗します」という方はいらっしゃいます。そういう場合でも、その瞬間に「神聖」から「俗悪」にクルっと変わってしまうのでしょうか。

肉食については誤解が多いのですが、釈尊の定められた「戒」の中には「肉食してはいけない」という決りはありません。上座部の比丘の方でもお布施されれば肉を食べます(「三種の不浄肉」と特定の種類の肉はダメということのようですが)。肉食は、仏教が伝わったそれぞれの地域で僧団が運営されていく上で出来上がった「律」の中に決まりがあるので”地域と場合による”というのが実情です。

後半のお金の話は特定のお坊さん個人のことを怒っておられるのか、お坊さん全体に怒っておられるのかよくわかりませんので、ちょっとお答えのしようがありませんが、日常的に不快な思いをされてまで、お坊さんとお付き合いされることもないと思います。葬儀も先祖祭祀もお寺ともお坊さんとも関係なくできます。
「あんなに運転が乱暴でマナーもなっていないタクシーが運賃で○○○円も取るのはけしからん」と思うのであれば、その会社のタクシーに乗らずに他の会社のタクシーやバスを利用すればいいのです。お寺やお坊さんも同じだと思います。
最近は持戒堅固な上座部のお坊さんのお寺もあちこちにできてきましたから、探して訪ねられてもいいかもしれません。

釈尊はもちろん「金払えない貧乏人はほっとけ」と説いたことはありません。金持ちの布施も貧者の布施も同じように尊いと説かれています。

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有り難し
おきもち

新潟県上越市、龍興山宗恩寺住職。
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質問者からのお礼

回答ありがとうございます。
肯定から入り専門的に分かりやすく書いて下さった回答に涙いたしました。
肉食は殺生さえしなければ食べる僧侶はダライ・ラマ法王もそうですが、日本は元々獣肉を穢れと嫌う民族で豆文化があるにも関わらず、食べ物に溢れた現在でわざわざ死肉を好むのは煩悩ではないかと思いました。

そうです。私はいいお坊さんに会ったことがありません。四国88ヶ所のお寺を回ってそう思いました。
お坊さんは私たち参拝者を人扱いしていません。
納経所の時間を巡って善通寺が訴えた?お寺の住職は納経をスタンプラリーと馬鹿にしてるから、時間を無視していることが分かりました。
その88ヶ所の巡礼納経スタンプラリーを作ったのはお坊さんです。
尊いお寺を訪れた思い出の記念であり、ありがたい家宝になると思っていましたけど、人の寄付で暮らして当たり前の顔してふんぞり返る僧侶の何がありがたいものかと思いました。

そのお寺だけでなく88ヶ所巡礼して、私自身の体験から88ヶ所の僧侶があまりにも無愛想で高圧的で、軽蔑の対象になりました。

毎日神仏のことだけを考えて生きて行けたらどんなにか楽しいだろうとその立場で暮らしてるお坊さんを羨ましく思ってるので、余計に。

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