自己紹介
新潟県上越市、龍興山宗恩寺住職。
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回答した質問

まずは、五戒・八戒の実践をされてはいかがでしょうか
仏の戒(いましめ)を受けて、それにしたがって生きて行こうと思われることはすばらしいことです。
一方で「受戒」はそれぞれの宗派の教説や組織の仕組みと密接につながっている儀式なので、簡単に「はいど...

「報われる」とは、危害と苦しみの無限サイクルを止めること
「ダンマパダ」の有名な一節に「実にこの世においては、怨みに報いるに怨みをもってしたならば、ついに怨みの息むことがない。怨みをすててこそ息む。これは永遠の真理である」とあります。
因果は、原...

まず、住職様にうかがってください。
まず、住職様にうかがってください。地域の習慣や先方のお寺さんの考え方によっても違うので「いつもこうすれば正解」ということはありません。
お寺からお寺への挨拶という場合と、寺族さんから寺族さんへ...

「人間はそれぞれの条件で生きている」と考えてみてください
仏教の考え方ではあらゆる生命は、業によって生命として生じる形が決まります。それぞれ業は異なっているので人間もまた、一人として同じ条件で生まれてくることはありません。
どこに生まれて、誰の子供で...

まず菩提寺様に相談されることをおすすめします
一番身近な菩提寺様に相談されるのが一番です。
まず菩提寺様に、どのような道筋が可能なのかうかがってみて下さい。
ただ、お坊さんにならなくても仏教の教えにそった生き方はできます。逆にいえば、お...

頭で分かっていることを実践するためのトレーニング
仏教の考え方でざっくりいえば、こうなりたい、これがほしい、これがいやだ、こうでなければならないという類いの個人の「執着」は、それが自己の都合に根ざしたものであるためにほとんど叶うことはありません...

仏教でいう「妄想」は心の三毒による分別のことです。
仏教でいう「妄想」というのは、私たちが普通にイメージする「明らかに事実に反する間違った想像」とは少し意味合いが違います。
たとえば「人類の半分は実は爬虫類型宇宙人が仮装している」とか「世界はデ...

戒名はお金で買うものではありません
(1)戒名は個人が仏弟子になる(あるいは、仏弟子であったとみなす)場合に授けられるものです。あくまで個人のものですから、代々の先祖~子孫の流れの中で、仏弟子でない=戒名がない方がいても不思議では...

仏教では「生きる価値」の有無を考えることはありません
仏教では、「無常」(ありとあらゆるものは瞬間瞬間に変化して、一時も同じままではない)、「苦」(生命存在はそれ自体が「苦」=「思い通りにならない」ものである)、「無我」(ありとあらゆるものには他の...

仏教の考え方では「行」は見かけだけではなく意思が問われます
仏教の考え方では「行」は見かけだけではなく意思が問われます。
たとえば、「給食の牛乳を残したい」という子供の話を「いいよ」と許したとします。
この時に、
(1)子供の体調や事情を考えて許す...

親御さんを看取られることは親不孝ではありません
親御さんを最期まで面倒をみて看取られることは善行であって、親不孝と呼ばれるような悪行為ではありません。
お釈迦様は「生命存在は苦である」と教えられました。現実の「苦」の形には様々なものがありま...

亡くなった方の執着によって迷惑をこうむることはありません
仏教の教えでは、すべての生命は今生のいのちが尽きると、その時のいのちの状態(業)によって次の世界に次の形の生命として生じます。これは、ほぼ瞬間に起ると考えられています。これが輪廻と呼ばれるもので...

一般的には参列までは不要と思われます
一般的には参列までは不要と思われます。
気になるようであれば弔電をお送りになるか、後日ご香典を郵送でもかまわないと思います。

AIは既知だけど未整理のアイデアや知識を整理する道具
AIは現在、ネット上に蓄積されているデータとその組み合わせのパターンを非常に高速に検索して、話者が繰り返す単語や言い回しに対して適合するように構成して返してくれます。これは高度に精密化された仕組...

前世に思い悩むよりも今世の正しい生き方に専念する
お釈迦様の教えの大本に四聖諦というものがあります。
「苦諦」→生命の存在は苦である。
「集諦」→苦には原因がある。
「滅諦」→苦は滅する方法がある。
「道諦」→苦はその方法を実践すること...

輪廻した生命を直接知ることができません
仏教のもともと考え方では、人間を含めたすべての生命は今生の生命が尽きると、ほぼ瞬間的に次の世界の次の生命として生じます。しばらく間をおくと考える見解でも、遅くとも49日以内には次の生命として生ず...

単純に辛い、楽しいでは割り切れない
安居中は娑婆での生活とは違うことだらけなので、慣れるまでは身心ともに辛さがまさるように思います。慣れてきてできることが増えてくると、そのことが楽しいと感じることもあります。
過ぎたあとで振り返...

問題ありません
個人がご縁のある仏様をお祀りすることは、とくに問題ありません。
持念仏と呼ばれる小さな仏像を大切に拝むことは古くから様々な立場の人がされてきました。
曹洞宗の宗旨上の本尊は釈迦牟尼仏ですが、...

一般の参列であれば問題ないかと思われます
一般の参列であれば問題ないかと思われます。
色についてはお坊さんの間でも法要で導師や目上の人とかぶらないように、割合に気をつかいます。一般の方には関係ありませんが、曹洞宗のお坊さんの服制では「...

やはり目の色は紺青色になるのではないでしょうか
如来の外見の特徴は三十二相八十種好として知られています。
これによると、目の色は青蓮華のような紺青色で白目と瞳がくっきりしているとされています。
仏眼仏母は如来の一切衆生を觀得する眼力が尊格...


