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仏像大好き芸人みほとけの「おぼうさんずラブ」vol.8弘教寺・小林覚城住職

こんにちは!みほとけです。

今回もhasunohaで活躍する「回答僧侶」さんの素顔やお考えを突撃インタビューして皆様にお伝えします!
いつもお世話になっているあの方が登場するかもしれませんよ。
おぼうさんずラブお付き合いください!

さて、今回私が足を運んだのは千葉県市原市

弘教寺・小林覚城住職

有り難し 6125 回答 529 (12月15日現在)
とかなりの数で、今も着実に数字を伸ばしています。

物腰柔らかい口調の中にある芯の通った言葉、「仏さまはそばにいますよ」の言葉の締め…小林さんに癒されつつも仏さまの存在を確かに感じたような人も多くいるのではないでしょうか?

そんな小林さんは、仏教と今の日本の世の中をどう橋渡しするかを人生をかけて挑戦している人だったんです。

スタバ風の外観にしたが…

JR姉ヶ崎駅から7分歩いてそろそろ到着かな・・・っと

オヨヨ?

ここかーい!

中は・・・

広ーい!

驚きを隠せない内部ですが、ご本尊(ここは仏像でなく木彫りの御名号(おみょうごう)でした)さまにご挨拶をしてインタビュースタートです。

み 着いて早々なんですが、このオシャレな建物はいったい?

小 お寺のイメージを打破したかったというところがあります。
若い人に来てもらえるかな、とスター◯ックスを参考に設計しました。

(確かに、スタバっぽい!)

み 若い人、たくさんきましたか?

小 いや・・・みんなには見えてない。

見えてない??

小 綺麗な建物建てただけで人が来るなら、会社もお店もすぐ人が集まるでしょう。

できた当初は町の人は「これはなんだ?」と見てたけど、今はもう景色の一つになってしまった。

小 そんなに甘くなかった……。

しかし、この日は月末ということもあり、月末の自坊だより(月間のお知らせ)の発送作業で門徒さんが集まっていました。

(卓上カレンダー、毎月の寺報、などなど多くのお寺の発行物があるそうです。)

小 そこで中身を充実させようと精力的にやってます

今はこの”もんしんと会館”を中心に活動しているそう。

現在のお寺の活動はコチラ。
月に一回の法話会、法要、包括支援センターの在宅介護教室、障害者支援施設の方々のバザーや発表会など。
仏教讃歌をハンドベルで演奏する「ハンドベル部」・写経をする「仏教書道の会」、オリジナル仏教劇を上演する「弘教寺劇団」、寺報に入れる温かい絵や言葉を考える「絵たよりの会」など。
そして門徒さんから自由な意見を伺う「もんしんと会議」を毎月開催。

み す、すごい充実っぷりじゃないですか!

驚いたのが、「もんしんと会議」です。

”このお寺にはこうなって欲しい”と具体的な要望。
予算案作成や活動予定など国会も顔負け。
(※個人の意見です)

全国の寺院でもやられているのかもしれませんが、私は初めて見るこのお寺づくり会議の様子に感銘を受けました。

小 この寺は門徒さんの協力でできています。

み すごいですね。お寺に血が通ってる感じがします!
このお寺での活動がみなさんの生きる楽しみになってるように見えます。

小 そうですね、でも、楽しみだけじゃダメ
仏教は救いを求めるものだから。
今時タダのもので十分楽しめるでしょう。

お寺を”楽しみの場”として認識されては、お寺にお布施をする気持ちが起こらないと危機感を抱いている。

公民館・公的福祉施設などで無料のサービスが受けられるのは税金のおかげ。
お寺は…文化的な活動ができているのは、見えていないけど黙々と経済的に支えてくれる門信徒さんのおかげ。と語ります

お布施も布施行という修行でもあります。仏教の”救い”という本質的なものを受け取ってもらい、それに対し”布施”をすることでお寺が維持されていくんです。

み 私も、微々たる額ですがなるべくお賽銭おおめに入れたり、御朱印やお守りを頂いて”推しにお金を落とす”ようにしています!!

小 (苦笑い)

小 だからお寺が”ないと困る”までいかなきゃと思います

このように、お寺の内容について敏感に感じ取るにはここにお寺を開拓するに至った、小林さんのパイオニア精神があったのです。

ゼロから作った。一軒家寺院から全ては始まった。

そもそもこのお寺は小林さんが1代目。
プロフィールには【都市開教寺院】とありますが、これはどういうことなんでしょうか?

小 実は全国の人口に対するお寺(浄土真宗寺院)の数の偏りがすごいんです。東京教区(1都8県)は1ヶ寺に対し104248人がいる、一方山口教区だと1ヶ寺に2199人。お寺の数が足りないなら建てていこうというのが都市開教活動です。

その活動の一環でお寺を建てた小林さんでしたが…

小 ここ市原市に来たのが平成6年。
お寺自体は平成6年8月に布教活動開始。団地内の一軒の家を借りて、姉崎布教所として作ったのがはじめです。

み 団地の一軒家から始まったんですか?!

布教所を作った当時は生まれたての赤ん坊がいて、奥様が育児をしている間に 他の寺院の法要をお手伝いすることで経済基盤を作ったそう。

小 坊守さん(奥様)がよく協力してくれて、今でもお寺の内容の骨格づくり坊守さんの支えなしでは…

地道な布教活動と、経済基盤のための法要の手伝いを重ねて多忙を極めます。

小 あの頃は若かったし、熱い想いもあったからできた。
今みたいにネットがなかったからできました。

み 今は20年前と人の行動や求めるものが全然違いますもんね。
そもそもなんで開教活動を始めたんでしょうか?

パイオニア精神の目覚め。僧侶になる決意をした日。

み 小林さんがお寺を作った経緯を教えてください!

小 三重県の浄土真宗のお寺の次男として生まれましたが、僧侶になる気は全くありませんでした。大学の後は出版社に入ってサラリーマンをして。

そのころは「宗教は弱いものの逃げ込む場所」だと批判してたそう。

小 知らないって怖いですね〜

次男が婿に入った先で僧侶をすることがどれだけの苦労かを、お寺の息子だからこそ知っていたそう。
だから編集者として入社しますが、

小 すぐ社内で自分の務まる場所がないと知らされました。

記事企画、取材、誌面構成、校正、また企画会議…周りは企画力など能力のある人々ばかり。仕事に全くついていけなくなり、うつ病の前段階まで達して、会社に迷惑がかかるし、自分も生きていけないと4年半勤めて退社しました。

み それで仏道に入ったのは救いを求めて?

小 いえ、「人生終わったな」と思い、僧侶養成の学校に行き「どこかで静かな余生を…」と思っていました。26歳の頃です。

み 余生に入るのが早すぎます!!

小 自分の本当のことを知ってしまうと絶望しちゃうでしょ〜。
でもその学校で正直初めて浄土真宗の御教えに触れて、感動し、これからはこの仏道を人に広めるんだと情熱を傾けています。
「あ!生きてていいんだ」こんな自分が。と思わせてくれましたね。
生きてていいんだ、生きてゆくんだなあって思った。

み なんだか聞いてて私も涙が出てきそうです。

小 仏様の教えは”気づき”。”どうにもならん私”と”必ずなんとかするぞの仏”がセットでないと成立しないですからね。
自己を客観視するのが仏教です。それに、浄土真宗は「そのままの救い」が主題です。
「自分はどうにもならん存在だ」と受け止められるかなんです。でもそれって普通できない。ロクでもない人間と受け入れるには、同時に阿弥陀様の救いが必要になるんです。

み そのセットを26歳で体験したことが今の布教活動に繋がるんですね。

そして今やこれだけのお寺を作ったんだから…すごい実戦力ですよね。

それって宗教じゃないんじゃ?

自分の足で布教活動に励み、ここまで開拓してきた小林さんは
今の日本でのお寺の将来に危機感を感じているそうですね?

小 寺の将来…悪い予感しかしないです(笑)。

最近長くお参りして下さっている門徒さんが「朝夕、仏壇に向かって連れ合いの写真に挨拶したり愚痴をこぼしています」と言っていたんですよ。

み ごく自然なお参りですよね。

小 でもこれって写真がメインで、写真さえあればいいってことですよね。もっと言えば故人の写真でなくとも、ペットでもぬいぐるみでも良い訳です。これって宗教じゃないですよね

み い、言われてみれば…心の安らぎになってるのは確かですが…

小 救いを求めたいときに応えられるのが宗教だと思うんです。余命宣告を受けたなら…「ねえなんとか言ってよ!」と言っても写真もペットも役には立ちません。

み 今の仏教はその”救いを求めに来る人がいない”のが問題だと?

小 それ(お寺に救いを求めに来る)までにいってないですね。
人生のピンチのその時までにお寺に出会ってないと、最後の時にわざわざ寺に行かないでしょ。

み それは思います!人生詰んだと思った時にお寺にいけば生きるヒントがあるのに。

小 現代は全てが満たされてますからね。

介護・福祉・医療、今はものすごい国家予算が投入されてなんとかなってる。
日本の将来、高齢化した時にこのメリットを享受できるか、保証がない。

この国の危機に人が心が病んだ時に…

小 その時に寺が残ってるべき。その時まで永らえないと。
本当に必要になる時が来るから。

小 誰でもいいから助けてほしいって人が現れる時がくる。
お隣さんに助けを求めるよりも、お寺さんに行った方がいいかなって思ってもらえるように。そのために門戸も開いておかなければならない。

み 布教活動の火を絶やしてはいけないんですね。

小 千回1万回「こういうところ(お寺)がありますからね」言ってる中で、困った人がふと来てくれる時に力を発揮できるようにね
畳んじゃうのは簡単ですけど。本堂に明かりつけて、相談できる人がいるようにね。

み だから、冒頭でたくさん書いたような内容充実の活動が行われている、と。

小 イベント会場みたいに使われるんじゃなくて、コラボというか、こちらの布教活動とマッチする人たちに使ってもらうようにしています
あまり宗教的な押し付けはできないけど。

自分で開拓されるお寺だからこそのご意見ですね。
お寺を使わせてもらう一般人の私は気が引き締まる思いです。

hasunohaで回答していて感じること

hasunohaもその活動の一環でしょうか?

小 坊守さん(奥様)が見つけて紹介してくれました。

み 回答していてどうですか?

小 ”ありがたし”が多いと嬉しい。少ないと寂しい。
回答が二つ連なったりで他のご僧侶の方のありがたしが多かったりすると悲しかったり気にしてしまったり。お坊さんも人間ですからね。

実際にお寺に遠方から足を運んでくれたり、ピンチの時に電話をかけてくれる人がいたり、いいご縁は多くあるそうです。

しかし…

小 回答したのに返事がなかったりすると心が折れそうになります。「とにかく私の話を聞いて」だけではコミュニケーションできないからなぁ。
直接会って話を聞いた時、気に入らない答えでも一応挨拶をして去るでしょう?それをネット上でやらないのはなぜかな、と思うんです。
やはりお坊さんも人間ですからね。聞きっぱなしで放置だとお坊さんが消費されているようで

み いやほんと、その通りです。

hasunohaユーザーの皆さん!回答にはお返事を。回答僧侶さんのモチベーションを上げるのは私たちユーザーなのでした。

「仏さまが見ていますよ」の一言に込められた想いとは?

小林さんの回答はいつも文末に「仏様がみてますよ」という言葉が付きますが、これはどういうメッセージなんでしょうか?

小 僕には回答を「述べる」ことしかできない。
仏様にしか解決できないんです。


夜中にLGBTの人が、旦那と別れたのに逃げられない、と電話がきた。そんな人には僕は何もできない。

「あんたの意見じゃなくて仏教の話ししなさいよ」ってよく坊守さんに言われますが(笑)私個人の思いで回答されたんじゃ質問者は納得しないんですよね。

み 娘の延命治療とか、家族の介護が、、、とか簡単に「わかるよ」と言えない質問に一生懸命寄り添おうとしているところが文章から伝わってきます

小 仏教で問題がズバッと解決することはない。「どうにもならん私」を「仏が支える、すくう」っていう教えなので。僕には寄り添うことしかできません。

み 自身が仏教とどう向き合って生きてるかをそのまま教えてくれるからいいなって思いました。

小 人間、煩悩は無くならない、お金は欲しいし、腹も立てるし。
お坊さんでも煩悩を持った普通の人間。浄土真宗だとさとりをひらくのは生きている間はできないと教えられている身なので。

今こそお寺は”駆け込み寺”に!

み これからどんなお寺づくりをしてゆくんでしょうか?

小 (困ってる人を)待つしかないかな・・・

(もんしんと会館の奥にある弘教寺本堂にて)

小 あ!!!結論は駆け込み寺ですよ!
「辛い時いつでもどなたでもなんでもご相談、お越しください」って壁に書けるかどうか。

み それを掲げるってことは、腹を決めないとですよね。。。

小 認知症が云々とか、、、掲げておかないと人は来ない。
自分がお金は出せなくとも、自分で一緒に考えて、生活相談所に行き、心だけじゃなくて行動でも寄り添わないと。
でも掲げたからにはなんとかしなきゃいけないでしょう。覚悟が必要だよね。

僕も今は駆け込み寺の住職になる自信はないけど、これができない限り未来はないと思う。

小 お釈迦様の時代に介護とか認知症は少なかったでしょうし(短命であったから)。子育ての苦悩も違うし。
これをどうやって御経から教えてもらうか、、、、まだまだこれからですね。

(これを語る小林さんの熱量、伝わってほしいなぁ)

小 もっと言えば、寺でやるべきことをちゃんとやって、その結果荷を背負い過ぎてしまったらあのままでは潰れちゃう、助けよう、と周りがなる。
人は本気になった時に周りが助けてくれるから。
僕は、息子が修行から帰ってきたらちょっとは駆け込み寺のような存在になれるかな。

最後に小林さんは

「仏教には救いがある、でも今は必要ないと感じているかも知れない。でも自分が老病死、あるいは挫折を味わった時に必ず必要になってくるものです。つまり先に出遇っておいた方が安心して生きられる教えです」

必要となるその時が来るまで、黙々と布教活動を続ける僧。

きっと平安から鎌倉へ時代が大きく変わる時に鎌倉新仏教ができたように。
小林さんのように、現代に生き布教にもがく僧侶さんたちが今の変化の時代を超えた時花が咲くのか、、、そんな気がします。

千葉県のパイオニア僧、弘教寺・小林さんでした。

今回も長文を読んでくれてありがとうございます。
私も花が咲く日が来るまで、地道に地道に芸の修行に励むんだー!


弘教寺(くぎょうじ)浄土真宗本願寺派
どなたでもお気軽にお参り頂けるお寺を目指しています。
小林覚城住職のプロフィールと問答一覧

文・hasunoha編集部
Profile mihotoke
みほとけ

慶應義塾大学看護医療学部出身、2016年度ミス鎌倉。2015年よりアイドルグループに加入。フリーアナウンサーも務める。

鎌倉出身で小さい頃より仏像やお寺が好きで、好きすぎるあまり自らを「みほとけ」と名乗る。仏ものまね、お坊さんに聞いてみた、お寺に足繁く通う、などの模様をSNSで好きを全身全霊で発信している。

2019年からアイドルから芸人に転身。仏像大好き芸人みほとけとして活躍中。

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