人生の中で色恋のウエイトが大きすぎて困っています
いつも大変お世話になっております。
以前、失恋の節に多くのお坊さん方に温かいお言葉を頂いたお陰で、心身とも回復し、元気で日々を送っております。
そのような中、新たに心惹かれる存在ができたものの、やはり中々上手くいかず、再度お知恵をお借りしたいと思い、ご相談致します。
自分の感情を抑えきれず、気持ちを押しつけてしまった前回の反省から、今度はしっかり相手の気持ちを知った上で、導いて行こうと決心しております。
しかし、その相手の気持ちが、中々男女の関係に発展するように思われないのです。
相手は同じ会社の別の職場で働いている人で、二人での食事の誘いには何度か快く応じてくれていますが、話の内容は仕事の事ばかりです。
私としては、彼女をもっと知りたい、理解したいと考えているのですが、相手からは中々自分の気持ちを話してくれる事はなく、どうもお互いの間に温度差があるようなのです。
私自身は最近職場が異動となり、希望叶って新しいフィールドで働きはじめました。
現在は仕事にとてもやりがいを感じて打ち込んでおります。また資格取得の勉強や、新たな趣味も始めて、社会人になってから一番充実していると感じています。
しかしそんな中でも、好きな人の事が大きなウエイトを占めすぎている気がします(只今も昨日食事に行った際に上手く気持ちを伝えられなかった為、苦しみで眠れないところです)。
このままでは以前のように自分に歯止めが利かなくなり、お互いが悲しい思いをする結果にならないかと大変危惧しております。
冷静に今の自分を見つめるため、私に足りないものを、お坊さんの視点から客観的にご指導頂けると、大変ありがたく存じます。
どうか、宜しくお願いいたします。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
私もそうでした。
「人生の中で色恋のウエイトが大きすぎて」とのこと。
そんなものです。
持戒を謳う仏教各宗のお坊さんも日本では多くの方が妻帯しています。
我が浄土真宗の宗祖親鸞聖人はそんな自己の在り方を徹底して凝視し、
「愛欲の広海に沈没し」
とまで嘆いております。(なお、浄土真宗は無戒なので妻帯についてとやかくは言いません)
まあ、そういうことです。自然なんです。本能なんです。
だからその感情はそれでよいのです。しかし、以前のご相談における回答でも同様の言葉が投げかけられておりましたが、
頑張ればなんとかなるものではないのが恋愛
なのです。相手があってのことです。自らの心すら思い通りにならないのに、どうして相手の心が思い通りになりましょうか。
だからこそ結ばれるご縁は有ることが難しい、「ありがたい」のです。
どうにもならないものがある、それを諦める勇気を持ちましょう。どうにもならなかったご縁すら、あなたを成長させるご縁だったと感謝できる智慧に照らされましょう。
仏教はどんな恋愛も上手く成就させる教えではなく、どんな失恋さえも受け入れることができる教えです。
最後になりますが、私も妻帯しております。宗派の職員時代は退職して寺に帰る前に伴侶に恵まれたいなあ、とそんなことばかり考えていました。不謹慎僧侶です。
でもなかなか上手くいかず、涙を飲んだ夜もありました。
しかし、そうこうしているうちにこれではいかん、きちんと仏教を学びたいと考え、退職を決めた矢先にに妻とのご縁をいただきました。
何がどうなるかはわかりません。思い通りにはいかないのです。
相手に寄り添う在り方で。
過去の質問も拝読させていただきました。
大好きな女性に、お相手がおられた、非常に残念な事です。
でも今、前向きな気持ちでおられますよね。
仕事の事ばかり話されて、進展が困難ということですが、、、
あなたのことが、どうしても気になったので、憶測で書かせていただきます。
仕事の業務内容ばかりで返答されていませんか?
例えば
「この間仕事でミスしてさ。」
「あーそれなら、こうこうすれば大丈夫だよ。」というふうに。
お相手の気持ちに寄り添うことにスポットを当てられたらいかがでしょうか?
例えば、、、
「この間仕事でミスしてさ。」
「へぇ~そうなん。あとの処理が大変だったでしょ。」
「うん。サービス残業にはならなかったけど、残業して家帰ったら11時だったよ。」
「じゃあ、風呂に入って寝るだけじゃん。」
「そうそう、おかげであくる日寝不足だったよ。」
「そうなるよな。じゃあ日曜寝るだけになっちゃうよね。」
「ホントそうなんだよ~。」
「でも、〇〇さんよく頑張ってるよな。」
あくまでも例です。
ご自身の事ばかり話されるのではなく、お相手のお話をお聞きされて、お気持ちに寄り添う在り方でおられてはと私は思います。
過去の質問から推測するに、ご自身の感情が先だっておられるなと、私は感じました。
結論から言えば、吉武師や百目鬼師と同種の内容ですが、なんか書かずにおられない衝動に駆られたので書きました。
色恋のウエイトが大きくてもいいじゃないですか^^
より良い人生を。
「理解する」ことは「相手のためになる」ことが大切だと思います
「相手を理解する」とは、一つには「相手の考えていることがわかる。気持ちがわかる」ということもあるでしょうが、もう一つ「相手のためになる」という面もあります。
ご質問の文章を読ませて頂いた限り「二人でお食事をしてお話をする」以外に「相手のために何をした」という様子がわかりません。
毎日同じ職場にいるのであれば、相手を理解したいという気持ちがあれば、少し意識を向けるだけでも、たとえば相手がどんな状況にいるのか、どのようなことに困ってどんな助けがいるのか、何が好きでどんな希望をもっているのか、ということが次第次第にわかってくるはずです。
そして相手を大切にしたいという気持ちがあれば、相手が困難から抜け出したり、希望をかなえるために手助けできることがあれば、したいと思うものでしょう。具体的に手助けできなくても、話を聞くことだけでもできるでしょう。
二人の食事に誘っても仕事の話ばかり、というのであれば相手はとにかく誰かに思い切り仕事の話をしたいのかも知れません。人間関係のグチ、実現したいアイデアなどなど、「仕事の話」の中身も色々あるでしょう。
今現在できる取り掛かりが「仕事の話ばかり」であるなら、徹底的に仕事の話に付き合ってみればいいのではないでしょうか。
そうして相手のためになって、はじめて相手はこちらの方を向いてくれるのではないかと思います。
私たちは皆、ずるく生まれついていますから、できるだけ自分の都合の良いことだけをしたいと思うものです。他人のために何かをしても、つい「これをしたら、どんなご褒美があるのだろう」と考えてしまうものです。ややもすれば「自分はこれだけやってやっているのに、相手は何もこたえない」と怒りを募らせてしまいます。
しかし、それではどこまでいっても自分に都合よく自分のために振舞っているにすぎません。
そして、おそらく多くの場合、人は相手がどんなに親切そうに振舞っても、そういう下心を敏感に感じ取ってしまうものです。
「相手を理解したい」という気持ちを上手く「相手のためになりたい」という方向に育てていかれると、次第に新しい展開が生まれるのではないでしょうか。
質問者からのお礼
お三方にご回答いただき、大変ありがたく存じます。過去の質問、またこれまでのお坊様方のコメントを踏まえながら回答いただき、さぞお手間をとらせてしまったのではないかと恐縮しながら拝読いたしました。
吉武様、ご指摘ありがとうございます。頑張ってもどうにもならない事があり、それを諦める事こそ、自分自身の成長のための智慧として備わるのだというお話、現状に照らして、痛感しております。どうにもならないことでさえ、あるがままに受け入られるよう、日々努力していきたいと考えております。
百目鬼様、具体的にアドバイス頂き、ありがとうございます。「相手を理解したい」のままでは、まだ自分に都合よく振舞おうとしているに過ぎないとのご指摘、仰る通りです。最終的に「恋人になりたい」という目標がありますが、そこに拘り過ぎているが為、相手の気持ちより自分の都合を優先させていてしまっていたのかなと思います。もっとその前にある純粋な「相手のために」を意識しながら、このご縁を大切に育んでいきたいです。
海老原様、ご回答ありがとうございます。相手と会話をしていて感じる、もどかしさの理由がわかったような気がします。やはり「どのように会話したら彼女になってくれるのか」という自分の都合で会話を進めようとしていたが為、上辺だけのやり取りに終始していたのが大きな理由の一つだったかと思います。
「気持ちに寄り添う」ことを念頭に、自分を磨く努力を続けていきます。
皆様にアドバイス頂いたおかげで、自分のあり方を客観的に見つめなおすことができました。
いつも本当にありがとうございます。時節柄風邪など召されないよう、ご自愛ください。