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無意識に追い詰められて

回答数回答 2
有り難し有り難し 11

2回目の質問になります。
宜しければ過去質問もご覧になって下さい。
先に進みたい気持ちですが、どうしても忘れられない言葉や、染み付いた気持ちのサビのようなモノがあります。

現在、夫との2人暮らし
母親、義母、その他様々に苦しい意味で私と関わった人達と距離を置ける環境になり。
長い間苦しんだ精神的症状が改善されて行きました。

幼い頃、母親には毎日細かく歩き方話し方など様々に不足を指摘される毎日で、何か気に入らない事を見つけると嬉々として母がイジって来るのも分かってました。それ以外の会話は滅多にありませんでした。
誰もが貴方の見すぼらしさに注目している、それほど恥ずかしい人間なのよ
と言われ
外で私が何をしていても全ての人は母親の味方なので、どんな事も母親の耳に入る
とも言われていました。
誰かに監視されている、悪い噂話のネタにされるといった気持ちが強くなり、1人で出かける事が出来なかったし、手足の震えで人前でサインが必要な時など震えと汗で大変でした。
外出も、私にとって苦しいもので、やっとここ数年でまともにスーパーへ行けるようになったところです。
おかしいですよね‥
ところが、気がついて見たら周りの同年代の人達は子育てに仕事と大変頑張っている人ばかり。
私は夫が家庭に居て欲しいと言ってくれる人なので、良いと言えば良いようなものの、これで良いのかと無意識にも焦っているのでしょう。
体が元々弱いのに、誰の手も借りずに私も何かしなくては!と張り切り過ぎて腰椎すべり症を起こしてしまいました。
コレに限らず何時も頑張らなくてはと意気込んで体を悪くしています。

何時も、私は人様よりも劣っているから人より頑張らなくては並の成果は出せない。
と思ってしまいます。
これも母の口癖でした‥
劣った人間は土下座しないと謝った事にならないからと、私だけ土下座させられました。

人並みになりたい
どうしたらなれるのか
それは私の気持ちだけの問題だとわかっているのに、私も並だとなかなか思えません。
ずっと幸せな家庭を持つ事だけが夢だったので本心では家庭の中に居て夫を支えるだけに従事するのはとても幸せだと思っていると思います。
でも今時、子育てに共働きは当たり前、それが普通!って言う事が私には出来ない。並な人間になれない。
と言う気持ちです。
ご助言頂ければ幸いです。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

平等ないのち

お釈迦様は平等ないのちを見出しました。ですからお釈迦様のお覚りの眼でみれば人のいのちは優劣などなくみな平等です。

この平等というのはどこで言えるかというと

人は縁によって生まれ、縁によって生かされ、縁によって死んでいく

という点においてです。そのほかの点においては様々な違いがあります。能力・容姿・環境・性格…あげればきりがありません。もちろん後天的な要因もありますが、持って生まれたものの違いは大きいです。
その違いを不平等と嘆くことや、あるいは多くの人があたえられた環境や能力とくらべ自身の縁を誇ったり、あるいは卑下したりすることもそれはそれでかまわないのですが、それでは人は救われません。
いくら嘆いても、比べてもいただいた縁という事実は変わらないからです。

私たちに与えられた自由とは、そのいただいた縁に対し自分がどういう態度をとるかという自由です。「こうしたい」という意志が未来を変えていきます。意志を行動として実践するにあたってはその実現の可否はまた縁によるところとなりますが、ともかく意志をもつことが大切です。
その意志、とりわけ根本的な意志、私たち自身も自らでは気づけず、仏様にの教えによって目覚めさせていただくような願いの意志を「本願(ほんがん)」といいます。根本的な願い、本当の願いという意味でよいでしょう。

猫の爪さんにオススメしたいのは「並になりたい」という比較による意志ではなく、「私は本当はこうしたい」という自身の本当の願いに基づいた行動です。自分が自分の願いを見失わない限り、人は何度でも立ち上がっていけます。

比較による意志はむなしいです。比較により設定した目標が達成されない今の自分はダメな自分になってしまいます。いつまでも未来を夢見て、過去を後悔し、今を生きられません。
だいたい比較している状況なんて縁によりいただいたものです。そんなものは「たまたま」です。
私は私のいただいた縁を生きる。身体が弱いなら身体が弱いという縁を生きればよいのです。弱くない人に合わせる必要はありません。並は人それぞれなのです。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
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専業主婦を活かして、家で深められる趣味を。

猫の爪さん、こんにちは。

 家にいることが逆に何もできない自分を責めてしまって自分の能力の無さを卑下してしまうのですね。

 人と比べても意味がないですよ。夫でもです。あなたの幸せは夫が決めるのではないのですから。自分の意思でできるところから、充実していきましょう。猫の爪さんは趣味はないのですか。趣味を極めていきましょう。楽しいですよ。そして家でできることもたくさんあります。もし外で仕事をすることに拘らないのであれば、せっかく夫から仕事をしなくていいといってもらっているのですかから、家でできる趣味を深めてみましょう。たとえば絵でもいいし、クラフトでもいい。パソコンで世界の人と話すのでもいいですね(ゲームはダメですけど(笑))。家に籠らないとできない、しかもハードな趣味はたくさんあります。徹底的に家の中で良い意味で疲れてください(笑)

 何もできない自分を恥じる必要はありません。みんな誰でも最初はできません。人と比較をしても意味がありません。昨日の自分と比較して充実した生き方を見つけて実践してください。

いつでもハスノハ、メール電話で相談してくださいね。一緒にがんばっていきましょう。合掌

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おきもち

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質問者からのお礼

ご回答ありがとうございます。

吉武文法 様
比較する毎日は終わりがなく辛いです。
いくら頑張っても、あの人はもっと頑張っていると思うとハードルが上がってばかりです。
縁は「たまたま」なんですね、そこから先が私の自由と分けてとらえた事は無かったです。
起きた事と自分の気持ちが何時もゴチャゴチャでしたから。
現状は頂いた縁を嘆いているだけで、選べる自由は使ってないのかなと思えました。

染川智勇 様
私、趣味は沢山あるんです。
洋裁、アクセサリー作り、絵も描きます。
主人と一緒に仕事が出来ればと何年も勉強して国家資格もとりました。
それでも、他の人はもっと頑張ってると思うと自分を追い込んでしまうんです。
でも趣味を深める事は悪くないんですね、もう少し落ち着いて取り組める気持ちを作って行きたいと思いました。

また新しい考え方を勉強させて頂きました。
今後とも宜しくお願い致します。
ありがとうございました。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ