死ねない運命
以前、こちらで相談させていただいた者です。
ありがたいお言葉を頂きながらも死にたいと思ってしまい、企図したのですが、意識を失ったところで母に発見され、未遂に終わってしまいました。
今回も息子からの暴言が原因でした。
息子はこの春社会人になったのですが、大学生の時(ちょうど就活が始まる頃)、原因不明の体調不良になり、病院で様々な検査を受けても原因が分からず、遺伝子検査をしたところ、難病になりやすい遺伝子が見つかりその難病の疑いがあると言われました。
私自身持病があり、仕事もしていっぱいいっぱいの中でも、何とかしたい一心から他の病院でも意見が聞きたいと思い、必死に探して権威のあるDr.がいらっしゃるセカンドオピニオン外来を受けたところ、その難病ではなく、全く違う病気(命に関わるものではない)を指摘され、その遺伝子は日本人なら15%程度は持っているし、その遺伝子で具合が悪くなっているわけではないと診断して頂きました。
ですが、そこに辿り着くまでに1年半要したこと、そして良くない遺伝子があること、持病があるのに子供を産んだこと全てお前のせいだから罪を償えと言われています。
すぐにその病気を見つけられなかった役立たず、生きている価値のない人間、死ねとも言われています。
私は小さい時からそのように言われることが多く、生きているのが本当に辛いです。
しかし、死のうとすると、どういう訳か助かってしまうのです。
死ぬことを諦めて強く生きなければと気持ちを切り替えて、今日も仕事に行きましたが、きちんと仕事はこなせても、人が怖いという気持ちが消えません。(外に出れば明るいテキパキした人というキャラは作っています)
混乱していて上手く相談がかけないのですが、なぜ死ねないのでしょうか。
価値がなくても生きなければいけないのでしょうか。
どうしたら強く生きられるのでしょうか。
祖母、元主人、息子から共通して言われた「お前は弱い人間だ」は本当に私が弱いからなのでしょうか。
3人ともカッとすると止められないというところは共通していますが、私がそういう人を引き寄せているのでしょうか。
私は今後どうしたら良いのか、生死も含めて見失っています。
どうかご教示下さい。
幼少期から希死念慮が強く、生きていること自体に価値が見出せません
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
あなたの生命は尊いのです
拝読させて頂きました。
あなたが息子さんからひどいことを言われて大変辛い思いをなさり、死のうとなさっておられること、そして今も苦しんでおられることを読ませて頂きました。あなたのその辛いお気持ちは計り知れないですが心よりあなたのお気持ちをお察しします。
セカンドオピニオンによって解明されるまでの1年半にわたりあなたが本当に責められながら生きていらしたのかと思います。本当に辛かったのではないかと思います。その様な診断結果が出たことは先ずは善いことだと私は思います。
確かに遺伝によって様々な病の原因にはなるかとは思います。
ただだからといって自分の病を全て親のせいにすることはとても善くない悪しき考え方だと私は思います。
遺伝によって病になる可能性は誰もが持っています、ですがそれ以上に遙か昔から脈々と受け継いできた生きる力や方法は遺伝の中でしっかりと受け渡されてきている現実があります。
今生きていること・生かされていることは当たり前にあるのではありません。遙か昔から受け継いできた結果今私達は生かされているのです。それがなければ私達は今存在すらできないですし、一秒たりとも生きることはできません。
病による辛さは本人でなければ分からないです。だからといって全てを親や先祖のせいにすることはどうかと思います。
昔の話をすることはルール違反かもしれませんが、お寺の過去帳にはかつて多くの幼い子供達が何の処置もされずにただただ死んでいった記録が溢れんばかり残っています。ですがその死は決して無駄ではありません。そうした人々の生き様や死に様があって今私達はこの時を生かされていると言えます。
あなたが死にたいけれど死ねないとおっしゃっておられますが、そのことも数限りない無数の巡り合わせやご縁の中で生かされていることの証でもあるかとも思います。そしてあなたは今病の中でもしっかりと生きていらっしゃるのです。息子さんもしっかりと生きていらっしゃるのです。
私達は誰しもが弱く儚い存在です。その様な中でも誰もが遙か昔からご先祖様方に守られて生きているのです、お互いを尊重し合いながら助け合いながら生きてきたのです。
あなたの生命は尊いのです、あなたの生命はあなただけのものではありません、無数のご先祖様方やご縁に支えられ居るのです。どうかそのことを知って下さいね。
まずは「今」をサバイブしてはどうですか?
結論から申し上げます。明確に「希死念慮」の自覚があるのならば、精神科で加療・服薬しましょう。これは「絶対」に大切です。まずは、今をサバイブしましょうよ。そして、薬で「希死念慮」を落ち着かせてから、環境調整・性格修正に入りませんか。臨床心理士僧侶と話しましょう。
正直、病気や家族の問題は文字起こしで表現するには難しいのですが、もろもろの「縁」は切れないのも現実で、私自身悩んでいますよ。でも、きれいな改善は見込まれなくとも、まずはごまかして、早急に妥協点に着地できるような、作戦を練れるといいですね。千葉は東京にも近いですから、医療資源は非常に恵まれているはずです。病気や家族の問題は、風邪をひいて抗生物質を服薬したら解決、といった段取りにならないのが難しいのですが。とにかくまずは、希死念慮の面に関しては精神科を受診すれば、リーマスなり処方されるでしょうから、まずは、安定をはかって、僕でよければいつでも相談にのらせてくださいね。
今回はあえて、仏教的な表現は避けました。
質問者からのお礼
お礼が遅くなり申し訳ありません。
何とか前向きに生きようと考え、今日まで頑張ってきました。
過去に縛られず、未来を憂いず、ただ今をひたむきに生きようと思います。
ありがとうございました。