ノンセクシャルを受け入れるには
私はおそらくノンセクシャルです
過去の性被害により性嫌悪になる前から、人に対して性的魅力を感じたことがありません。
そもそも性的魅力とは?と思ってしまいます。学生時代同い年の女の子たちが異性の裸に対して魅力を感じるという話をしていて(もう少し直接的な言い方でしたが、そういう言葉を使うことに抵抗があるので避けさせていただきます。わかりにくかったらすみません)その話に全くついていけませんでした。
ノンセクシャルという言葉を知る前から自分は少数派だなと自覚したので、付き合う人に「私は人に対して性的魅力を感じません。好きな人に性欲を向けられても嬉しさはありません。どれほどあなたの事が好きでも変わらないです」という話をしてから付き合うようにしています
ですが、同じようにノンセクシャルを自称していた男性と付き合った際、それが大嘘だと発覚しました。
彼は「嘘をつけば付き合えると思った。そのうちその気になってくれるだろう」的なことを言っていました。
お互いノンセクシャルだと認識した上で交際してもこうなり、女子同士の恋バナにもわからないなと思いながらも、私の分からないという認識のみで友人を傷つけるわけにもいかず、わかるふりをして話を聞いています。それにも罪悪感があります。
性欲が強い人に、性欲が無い私たちを馬鹿にしているんだろ、お前の方が生物としてダメだ、と、言われることもあります。こちらが何も言っていなくともです。
もちろん性欲が強いことを悪いとは思いません。加害さえしなければ、性欲に良い悪いもないと思っています。
これは性嫌悪のせいもあるのでしょうが、時々広告で性描写のある漫画が流れてくると、別に暴力的でもなく、同意の上である描写だろうと、性に対してなぜかうっすらと暴力性と恐怖を感じてしまいます。
人との会話で、自分はこの部分で少数派の人間なんだなと思い知る感覚に未だに慣れません。自分がノンセクシャルであることを受け入れないといけないのに、ノンセクシャルであることが悪のように感じて、受け入れたくありません。
どう向き合えばいいのでしょうか。
お坊さんからの回答 4件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
関係を築いていく中で、互いに相手を大切に想えるようになること
あなたが裏切られ傷ついてこられた分、自分のセクシャリティなのに、怖さも感じてしまいますよね。分かり合えないし、それを越えて信頼や安心なんて理想論なんじゃないかって、自分のことでさえ受け止めきれないですよね。
誰にでも、マイノリティな部分はあって、それは自分でも気づかなかったり、気づいても戸惑いや不安も感じます。ましてや、誰かに理解されるのは、難しいことなのかもしれませんね。
どんな出会いも、恋愛においても、相手を知り分かり合うことは、究極の関係なのだろうなと、ハスノハの数々の相談を聞きながら思うのですよ。いろんな関係において、悩みというのは尽きることがありません。
ノンセクシャルだと、性描写に抵抗を感じたり、嫌悪もあるでしょうね。あなたのセクシャリティも、まずはあなた自身を知ってもらったり、ゆっくりと関係を築いていく中で、互いに相手を想えるようになることが大切なのだろうと思います。その先に人生観や恋愛観を深めていけたら、マイノリティな面もその人なのだと理解し合えるのかもしれませんよね。そんな存在に、嫌悪も薄まるかもしれません。
一匹一匹異なる生き物
仏教では、法(頭で考えた概念等)は無我である(実体のない幻みたいなものである)と説かれます。
「女」「男」「ヒト」という概念も「仮」の概念にすぎず、実際には一匹一匹が異なる生き物であり、他者と同じ性質だとは限らないのが普通なのです。
ですから、あなたのようなヒトがいるのも当然です。
ちなみに、経典によると極楽浄土の住人は皆、母胎から産まれるのではなく蓮華の花の中から化生(けしょう)する(魔法みたいに出現する)生まれ方なのだそうです。
そして、極楽浄土には女性がいないのだそうです。(つまりは性別がないのと同じ。)
あなたは、この世にいながら、極楽浄土の菩薩様達と同じ境地に達しておられるのかもしれませんね。
あなたの身体の声を聞いて
こんばんは。あなたの文章を読みながら、「この世界から浮いてしまうのではないか」という恐怖を感じながら来られたのかも知れない…と感じました。さぞキツかったことでしょう。「人の当たり前が、自分には当たり前でない」。その孤独は、どれほど深かったことでしょう。
まず、お伝えしたいことがあります。
あなたは、自分を守ってよいのですよ。ただ、今は「どう守ればよいか分からない」という状態かも知れない。けれども、それはあなたの弱さではありません。「迎合することでしか安心は得られない」という「学習の結果」が、あなたの心に深く刻まれているからです。
ですから、いきなり「嫌なことは嫌と言いましょう」とか、「こう言って線引きすればいいのですよ」と具体的な形だけ示しても、あなたには重荷にしかならないでしょう。そこでまず、大切にしてほしいことがあります。
「あなたの身体が “!!” と言ってくる瞬間に、そっと目を向けてあげること」
これは、境界を持とうとする最初の最初の一歩です。境界とは「他人を拒絶する技術」ではなく、「あなた自身を見失わないための地図」です。次のようなサインを受け取ったことはありませんか?
・ある話題になると、お腹が重くなったように感じる
・周囲に合わせた瞬間、背中がひやっと冷える
・笑顔をつくっているのに、胃がきゅっと縮む
これらは、拒否でも反抗でもありません。まして「自分は少数派だ」という証拠でもありません。あなたの身体があなたを守ろうとして呼びかけている、とてもやさしい合図です。あなた自身が「ここが私の苦手なんだな」とそっと認めてあげる。それを心掛けてください。
どこで「!!」と感じるのか…その位置は、あなただけのもの。誰かに示されるものではありません。
そして、もしその感覚が少しずつ育ってくれば、あなたは「わたしはこの話題、ちょっと苦手で…」とごく軽く言える日が来るかもしれません。あるいは来ないかもしれません。
実はそれ、どちらでもいいのです。
大事なのは、あなたが自分のペースで、自分の位置を見つけていけるということなのです。まずはあなた自身の“!!”に、そっと寄り添ってあげてください。そこから始まる道こそ、あなたがこれから生きていくための確かな「立ち位置」になります。
あなたのこれからが、少しでも生きやすくなりますように。
どうか自信持って生きてくださいね
拝読させて頂きました。
あなたのことやノンセクションであることを読ませて頂きました。あなたがこれからどうしていけばいいのか迷ったり悩んでおられるのかと感じます。詳細なあなたのことはわからないですけれども、あなたのお気持ち心よりお察しします。
性的なことは人それぞれに詳細には違っているものだと私は思います。性的な感覚も価値観もそれぞれに感じることは違いますからね。
テレビや映画やドラマの中では大多数の方々がそうであろうという概念で性的な描写をしてますけれども、実際には誰も同じように感じたり受け止めているわけではありません。
ですからあなたが性的にノンセクションであってもいいと思いますし、あなた自身のことですので全く卑下することも悪いこともありません。
人それぞれに感覚も感性も違うのです。
世の中には多数派が正しいと思う人々も多くいますけど、それはあやまりです。性的なことに限らず様々なことで人それぞれに違うのです。
逆に自分自身はそれぞれ多数派でもあり、少数派でもあるのです。ですからとらわれてしまう必要はないです。
多数派や少数派だとして差別や偏見を持つことがあやまちなのです。
どうかあなた自身のことを尊重なさってあなたのことを大切になさって下さいね。
あなたが様々な差別や偏見されることなく、自信持って健やかに毎日を生きることできますように、皆さんとお互いを心から尊重し合い心から豊かにおおらかに生きることできますように、あなたが皆さんと心から充実した毎日を生きることできますように切に祈っております。
そしてあなたを心より応援させて頂きます。至心合掌



午後から夜の時間帯は都合がつきやすいです。
◆こちらから、無理に聞き出すことは致しません。
言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
◆自死で大切な人を亡くされたり、死別により 死が受け入れられなかったり、心の整理がつかない方へ。30分ずつでも、オンラインで定期的に気持ちに向き合っていきませんか。吐露したり泣ける時間も、大事なグリーフケア 。
◆個別電話ってドキドキして勇気のいることだけれど、声が届くから、聞こえてくるから、ちゃんと繋がっているようで、そばにいるように安心出来ることもあります。
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◆出来るだけ希望時間にお応えしたいと思いますが、午前中は毎日 法務があります。
(相談は、hasunohaオンライン相談より受付下さい。お寺へのいきなりの電話相談は受けていません。法務が優先なので)
◆一人で悩まないで。待っていますね(﹡´◡`﹡ )