私には重過ぎて苦しいんです
贅沢な悩みだと思われるかもしれません。
自慢したいのかと言われるかもしれません。
でも、私には凄く重く、重すぎて苦しいのです。
見えない鎖で縛られている感じがします。
私の母は67才で亡くなりました。
苦しいほど、心底、優しい女性でした。
私は母親が心配するから、母親の前では咳はしませんでした。
そんな母だから、
私が嫁いでから強迫性障害で死ぬほど苦しんだことや、
また、強迫性障害であることさえ伝えずにいました。
そして、
母が亡くなってから初めて「墓前」で
「黙っていてごめんね。だって、お母さんは切ないほど心配性だから言えなかった」と伝えました。
母の遺影の表情が「なんで言ってくれなかったの?」と
怒っているようにも見えた時期もありました。
そして、ここからが「重い本題」に入ります。
私が嫁ぐ時、もの凄く高級な桐の箪笥を二つ、
そして桐の箪笥の中には、
全て高級な、喪服(夏用・冬用)・黒留袖・色留袖・訪問着・
いろいろな帯・着物用バッグ・草履・その他いろいろ・・・・・・・
嫁入り道具に、いったい、いくらかかったのか分かりません。
私は、欲しいとも言ってないし、全く望んでもいませんでした。
私は、自分で着物は着れないし、少しは着物の良さは分かっているけど、「めんどくさい」としか思いません。
まさに「豚に真珠」なのです。
私には重過ぎるのです。だから苦しいんです。
この気持ちは、墓前でも、とても言えません。
今、母は、私の根底を見抜いているのでしょうか?
たとえ、墓前で「桐の箪笥をありがとう」と言ったとしても、
本当は負担に思っていることを分かっているのでしょうか?
(あちらの世界へ行った人には、こちらの世界の人が本心を
言わなかったとしても、きちんと本心が分かるものなのでしょうか?)
でも、あちらの世界に行った母に、
「良かれと思ってしたことが、本当は娘の心に負担をかけてしまった」と悲しんだり、苦しんだり絶対にしてほしくないんです。
だって、
お母さんの気持ちは分かっているし、
お母さんのことが大好きだから。
いつか、桐の箪笥と着物を欲しいという人に出会えたら
貰ってほしいんです。
母は、私の根底にあるものを理解して許してくれるでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
けんもんち(見聞知)
菜の花さま
お母様のこと、お察し致します。
私ももう母がいません。
菜の花様のお母様と同じ、と言ってはおこがましいですが、
心配性で優しい母でした。
高級な桐箪笥や、高級なそれぞれのお着物。
自慢と思わず、誇りに思って下さいよ。
これは、お母様が、菜の花さまが使う為だけに用意されたのでは無いと思います。
菜の花様が、お嫁ぎ先で苦労しないように、惨めな思いをしないように、精一杯の御荷物をされたのだと思います。
まさに「親思う心に勝る親心」です。
ご存知かと思いますが、姨捨山(おばすてやま)という話があります。
村の掟で老いた母親を捨てに行かなければならないという有名な話です。
老いた母親を背中に背負い、
山をゆっくりゆっくり登って行くのです。
「かあちゃん、悪う思うなよ、村の掟なんじゃ」
と、息子もどうしようもなく、母親を背負い、捨てに行きます。
昔は食べ物の供給が安定せず、三年不作が続くと一つの集落が食べられなくなったそうです。
そこに加えて、今よりも子供の数が多いので、どうしても「口減らし」をせざるを得ない。
息子に背負われて山を登る母親が、その道中、家から持ってきた袋を取り出します。
中には白い花の花びらが沢山入っています。
山を登る道中、その花びらをそっと、息子に分からないように落としているのだそうです。
息子がふと振り返って、母親に話しかけたとき、たまたま花びらを落としているのを見てしまいます。
「かあちゃん!なにしよるんや、花びらで道しるべにしてこっそり帰ってこようと思うとるやろ!」
「これはなあ、村の掟なんや、こらえてくれよ、、かあちゃん、、」
すると、母親は、
「違うんや、わしは帰るつもりはないけどな、お前が暗い帰り道が分からんようになったら困るけん、と思うたんよ。」
と、言うのです。
母親というのは、どこまでも、
自分が居なくなったあとのことまで、子供のことを心配し通しなんだと思います。
タイトルの見聞知は、仏様は、私達を見抜いておられ、聞いておられ、知って下さっています。ということを表す言葉です。
仏様は見抜いた上で、どうにもならない私達をいつも心配下さり、そのままでいいよと慈しんでいておいでです。
箪笥やお着物、菜の花様が必要無くなったらお譲りされても、必要無くなって良かったね。と言ってくれるはずです。
お母さんはお判りになっておられます
菜の花 さんこんばんは、あなたのお心の想いを全てお母様はわかっておられます、お母様は仏さまのお国に生まれ変わり、常に仏さまとあなたを見守られておられますから。あなたは今もお母様に心配かけたくない、幸せでいて欲しいとのお気持ちでいっぱいですよね、お母様も同じです。嫁ぐとき持たしてくれた箪笥と中の着物はあなたの幸せを願ってのこと、それで今あなたが重荷なら自由にしなさい、それで苦しむなら本末転倒と仰られているはずです。(着なくても持っているだけでもいいと思いますが、気になるならどなたかに譲られてもお母さんは許してくださいますよ、だってあなたの幸せだけを望んで折られるのですから)。病気のこともお判りです、それを承知で今この瞬間もあなたを見守っていて下さいます。ご心配なくまたなんなりとここにお越しください、お待ちしてます。私もお母様の幸せを祈らせていただきます、南無阿弥陀仏
追伸 御礼ありがとうございます。「自分の心に正直に、そして自分に負担をかけずに清らかな気持ちで生きていこう」とのお気持ちお母様は今きっと微笑んでおられることでしょう。お母様は今幸せでしょう。どうぞ無理せず、キツくなったら一休み、お母さんが仏さまと共に見守っていてくださることを信じて幸多き日々をお過ごしください。辛かったらまたお越しください。
質問者からのお礼
慧心さま
苗字が読めなくて申し訳ありません。
まずは、有難うございます。
慧心様のお母様も心配性だったのですね。
私は、墓前で「お母さんの一番悪い所は、心配し過ぎること。それよりも、お母さん自身が、そちらの世界で自分自身を大切にしてね。お母さんが、そちらの世界で幸せでいてくれれば、私は、これから安心して生きていけるよ」と何度も伝えています。
私は、母の心配性が、かえって負担になっていて、
いっそのこと強すぎるくらいの人間だったら私も気楽だったかなとさえ思います。
母が無くなって14年経ちます。母の遺影を見て、最近は、
もう私の全てを分かっていて全てを許してくれていると思うようになってきました。
桐の箪笥や着物に対する私の気持ちと、これらを手放しても母は、きっと許してくれると思っています。だって私のお母さんだから。
断捨離を始めたので、この心の迷いに、気の弱い私に、
御坊様に背中を押してほしかったのです。
御坊様に母は許してくれているよと言ってほしかったのです。
有難うございました。
憲章さま
のちほど、ゆっくりと、お返事を書かせて頂きます。
涙が零れました。
憲章さま
タイトルを読んだだけで、涙が出ました。
母は、今、全てを分かっていて、全てを分かっている上で、
全てを許してくれている。
最近は、そう感じられるようになってきています。
私が強迫性障害で苦しんでいる姿を、母親に見られたくないという気持ちが強く、
それを母に黙っていたことを今も、怒っている または 悲しんでいたらどうしよう。
そして、
いつか私が母のもとに行った時、母の顔が怒っていたらどうしよう と不安になり、
気持ちが暗くなる時もありました。
最近、終活と断捨離を始めました。
私が母のもとへ行った時、母の顔が笑顔でいてくれたら、今までの苦しみがスーッと抜けて、
全ての苦しみから解放されたような浄化されたような気持ちになると思います。
その時が来るまで(あちらの世界に行くまで)自分の心に正直に、そして自分に負担をかけずに
清らかな気持ちで生きていこう思います。
母も、それを望んでいることを信じます。
有難うございました。
憲章さま
追伸、有難うございます。
追伸を読んで、また泣きました。
母が微笑んでくれていたら私は心から幸せです。