沢山の人を裏切りました。
こんにちは。初めて相談させて頂きます。
私は自身の不貞行為により婚約者を裏切ってしまいました。
当然、婚約は破談となり彼の家族、友人、そして私の家族を裏切る結果となってしまいました。
当時の私はバレなければいい、いつか辞めればいいという安易な考えを持っていました。結婚に対しても、今までの生活が変わるわけでもないと思っており覚悟が甘かったと思っています。
彼のことが好きで結婚したいと思っていたのに、目先の欲望を満たすために軽率な行動を取ってしまいました。今思えばどうしてこんなことをしてしまったのか自分で自分が分からないです。
家族からの信頼も失いました。今私がするべきことは、まず家族からの信頼を取り戻すことだと理解しています。その為には日々を誠実に生き、感謝の気持ちを持ち、自分の身の丈に合った生活をする他ないと思っています。
私はこの罪を一生背負って生きていかなければなりませんし、彼もまたこの出来事を思い出しながら生きていかなければならないと思うと本当に苦しいです。
私と彼は職場が近かったので、私が転職をし今後彼に毎月慰謝料をお支払いすることになっています。
一生この罪を背負い、家族からも信用されず、自分のしてしまった罪を詫び、反省して生きるしかない私は今後の人生、生きる意味はあるのかなと考えてしまいます。
かと言って、これからの人生を新たなものと捉え、誠実に生きることでいつか幸せになりたいと願える立場ではないと自負しております。
後悔ばかりしていても先に進めないという意見もありますが、沢山の大切な人を裏切って傷付けてしまった私は前向きに生きる資格はないと思っています。
誰からも信用されず、必要とされていない今、生きる指針が見出せません。
1年後はおろか、1週間先の自分の姿も思い浮かぶことが出来ません。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
懺悔滅罪(前仏にて懺悔すればすなわち滅罪する)
ロンさんこんにちは。
一生罪を背負って生きなければならない。
今、大変お辛い事と思います。
しかしどうでしょう、貴方は反省もして、慰謝料を払うという事も考えられております。
懺悔滅罪。
法的にも倫理的にも貴方は罪を償っています。
それ以上罪を問う事こそ私は正義で人を責める行為だと思います。
誰からも信用されず、必要とされていない。
それは一時の事、今貴方がそう感じているだけです。
バレなければ良い。目先の欲望に流された。
それが人間です。
詳細は知りませんので私は何とも言えませんがそこに貴方の大切なものや価値はありませんでしたか?
人間は矛盾の塊です。ひとつの誤りでご自分の全てを否定してはいけません。
その痛みはきっと貴方を成長して進ませる為に貴方の所に来たのだと思います。
ご自愛ください。
自分から見た自分ではなく
こんにちは、初めまして。
ご自身の過ちにより、人生を大きく変えてしまったのですね。
文面からは、深い悔恨の情と反省が伺えます。
「生きる指針が見出せません」とのことのなので、一緒に考えていきましょう。
今後の「指針」を考えていくならば、やはり何が自分にとって問題だったかという原因を明確にする必要があるでしょう。原因に対する対策であり、指針なのですから。
あなたは、そのあ過ちの原因を「バレなければいい、いつか辞めればいいという安易な考え」に基づいて、「目先の欲望を満た」した、と言っています。
仏教では、煩悩という自分を中心とした心が迷いの根本だと捉えています。自分の都合に合うものを善良とし、合わないものを邪悪と判断します。つまり、自分を中心に世界が回っているという傲慢さが、人間の基礎にあると考えるのです。
今回のあなたの件も、この例に漏れないと思います。
勿論、実際に心の中で起こる欲望を、心の中に止めおくことと、実際に行動に出してしまうことには大きな開きがありますが。
つまり、あなたの問題は昔から仏教で繰り返されてきた人間の本質的問題なのです。だから、これを仏教的な観点で見ていくことが今後の「指針」になるのではないでしょうか。言葉を変えると、自分から見た自分を問うではなく、仏様からどう自分は見られているかを仏様に尋ねるという方向転換をするという事です。
この先は、各宗派で具体的な煩悩の向き合い方は変わってくるので、あなたのご縁の有るお寺だったり、書籍を見てみるなり、youtubeの法話動画なりを見ていくのはどうでしょうか。
「沢山の大切な人を裏切って傷付けてしまった私は前向きに生きる資格はないと」後悔する気持ちはあるでしょう。しかし、自分で自分に「生きる資格はない」と結論付けるのは一旦お休みにして、仏様に自分は「生きる資格は」あるのでしょうかと問うべき段階にあるのではないでしょうか。
「誰からも信用されず、必要とされていない」日々は長く続くかもしれません。
でも、あなたを信じ、あなたを必要とされる仏様がいらっしゃることを心に留めおいてください。仏縁深まることを願っています。
質問者からのお礼
温かなお言葉、本当にありがとうございます。
仏様から自分はどう見えているのか、これを心に留めてこれからは生きていきたいと思います。
消えてしまいたいと思う日もありましたが、仏様は私を信じて下さっているのですね。時間はかかっても自分を受け入れられる日が来ると願っております。
本当にありがとうございます。
この痛みが私の成長に繋がるものだというお言葉で、今まで思い詰めていたものが一気に溢れ出しました。
もう二度と同じ過ちは犯さない事を誓います。