皆様に大変ご好評をいただき、ご質問が殺到しています。

回答が追いついておりません。お坊さんから丁寧にご回答いただくため質問受付数を制限させていただいております。大変申し訳ございません。

罪を犯した「自分を許す」ということ

幼少期の子どもにとって親は子どもから見える世界の半分以上を占めています。

ですからどんな親であっても子どもからすれば必死で好かれようとするのは当然だと思います。「ぼくを私を見捨てないで」と必死で「親にとって」よい子を演じます。

何人かそんな子供に接してきました。みんないい子ですごく笑顔がきれいなんです。その満面の笑顔が「ぼくはいい子だよ。だからぼくを捨てないで!」って必死の叫びのようで、見ていて胸が痛くなりました。

ですので質問者さまの文面を見ていると精一杯必死で生きて来た質問者さまの一端が垣間見れた気がしました。

今はご自身の罪のことを深く考えてこられたのですね。年代からしておそらく20年近く罪の意識にさいなまされてきたのではないでしょうか?

それほどの長い期間苦しんでこられたのです。私はもう許されて良いのではないかと思います。
ただ、これは他人の私の意見です。この罪を一番許せないと考えておられるのは質問者さまご自身ではないでしょうか。

いつかご自身が自分の罪を許してあげられるようになれればと祈っています。
引用元の質問: 罪の記憶と繋がっているフラッシュバックへの対応
家族でやっている当たり屋という人達がおりました。
子供を故意に車にぶつからせ、運転手からお金を巻き上げる人達です。
子供は親に見捨てられては生きて行けず、自分を唯一可愛がってくれた近所の大人を嵌めてこいと、親に指示されました。
回答僧:
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