hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

回答数回答 1
有り難し有り難し 17

先日一人のお客様に
「一人は寂しいでしょう?」と言われました。
何故?
一人は寂しいと言われたんでしょうか?
私は一人が好きです束縛されずにすむし何故人は一人は寂しいと言った考えになるんですか?
人は孤独を愛しては生けないのか?
私は逃げてるだけ?
じゃなにから逃げてる?
わかりません
教えてください


この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自問自答

本当の孤独を知る人こそ「一人は寂しい」といい、孤独を知らない人が「一人が好き」と言うものかもしれませんよ。

その方がその言葉を言った意図はその人にしかわかりません。ただ、私はあなたのことを決めつけるというよりは、あなたのことを思って出た言葉なのかなあ、と感じます。

本人がそう受け取っていないならそれがよかったとも思いませんが…とりあえずここではもうその言葉はおいといて

よい機会として自分で自分に問いかけてみましょう。

私は本当に寂しくないか
私は強がっていないか
私は逃げていないか、やりたいことから、行きたい場所から
私は現状を周りのせいにしていないか
私は周りに感謝できているか

これまでのご相談拝読させていただきました。答えはあなたの胸の中にあるかなと感じます。

私が私でよかった!と思える人生を歩んでください。

孤独ではなく、独立した人生を。本当に独立した時、人は人を認め、孤独を超えて交わり、かつ孤独を愛すのかもしれませんよ。

{{count}}
有り難し
おきもち

個別相談可能
はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ