私の姉妹。
よろしくお願いします。
私には年子の姉と妹がいます。
二人とも離れて暮らしています。
妹と姉のことで喧嘩をし、連絡がとれなくなりました。姉が精神病にかかってしまい、まともに会話ができません。
姉のことで妹と話し合っていたのですが、姉に中々会わないの妹に怒りをぶつけてしまいました。
私は、姉も妹も大切です。
どうしたら姉や妹が幸せになれますか?
どうしたら私は、幸せになれますか?
考えすぎて眠れません。よろしくお願いします。
お坊さんからの回答 2件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
『お詫び』
『お詫び』
投稿した文章は仏典・論書・祖録等を引用して予め法理を明示しなかった為に、回答内容が仏教とは異なった通俗的な価値観に比重を置いたアドバイスになっておりました。
この回答が仏教を学ばれる方々の妨げとなる可能性がありましたので、まことに勝手ながら回答を全て削除させていただきました。
代わりにここでは、仏教の概要を少し紹介させて頂きたいと思います。
『仏道』
仏教の門戸とその修行法は多種多様でありますが、その道のりの先にあるのは解脱です。
大乗仏教では、菩提心がその人に現れる時から仏道は始まり、数多の転生を繰り返し、数多の大師や仏菩薩と出逢いながら、久遠の修行の時を経て、その人の全てが捧げ尽くされ、そこで菩提心が開示されます。
道の始まりから人は、菩提心に導かれ解脱へ辿り着きますが、そこで悟るものも菩提心です。
道の初め、自らの苦しみからの解放を求める切なる純粋欲求であった個人的な菩提心はやがて、すべての存在を救いたいという祈りに裏打ちされた不屈の意志と信心をその人に刻み付け、非個人的な菩提心が解放されます。
そのような菩提心と與に道を歩む人を菩薩と呼びますが、菩薩の意志や信心、原動力の源が解脱の時に悟ることになる菩提心です。
菩薩が歩む大道の上には、見道や解脱、その先に続く仏としての完全な成就の因となる多種多様な修行が立ち現れます。
日本仏教という道もこの大道を源としているので、全ての道はそこへ還りつくようになっています。
その人の道はその人にとっての真性の師である覚者との邂逅や、久遠の時を與にしながら道を歩んだ法友との再会によって開かれ導かれていく歩みであると伝わっております。
どうかナツメ。様の出逢いとその歩みの上に障碍がありませんように。
願以此功徳
普及於一切
我等與衆生
皆共成仏道
地に足つけて
こんにちは。今までの問いと合わせて読ませていただきました。文章の癖かな、と感じるのですが、展開が速すぎ…と言うか抽象的で、見えない飛び石をぴょんぴょん渡りながら、「どっちに行けばいいですかー?」と聞いている感じ。
貴女は「どうすれば幸せに?」とお尋ねになりますが、「この状態なら幸せ」と言うのは万人共通ではありませんね。誰かと一緒にいることで幸せに感じる人もあれば、一緒にいることで不幸に感じる人もいる。
ですからね、「その一歩手前」を想像=思い描くことはできますか?例えば、姉妹三人で笑ってお喋りしてるとか。
物事は、具体→抽象(評価)→具体→抽象→ と交互に移ります。
その具体像を描いてみたら、それが「地に足つけて」というタイトルの意味するところです。
像が描けたら、そこに「至らなかった」原因を思い出してみて下さい。貴女が妹に対して怒ってしまった。自分の思い通りにしようとした。その辺りに、何かあるような気がします。ご自分で探ってみて下さい。
質問者からのお礼
回答をありがとうございました。


