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色々つらいです

姉弟で差がある家庭で、姉だ・女だと事ある毎に理不尽で我慢し、甘えられず頼れず、羨んで憎んでヤケクソな強がりでその場を強く切り抜けましたが、更に憎たらしく思われた日々。
時は過ぎ結婚・出産し、相変わらず差別や罵倒はあったものの初孫はとても可愛がり愛情を見せ、子育てで助けてもらう内に、親に対するマイナスな気持ちも薄らぎ感謝し、私も親の苦労が理解出来る立場になった事でお互い穏やかになりつつあったのですが…親は突然倒れました、救命措置で命は助かったが脳挫傷で意識不明・寝たきり、気管切開で喋れず・食べられずです。そこからは少しは意識はあったけれど病院の診立ては違いリハビリは出来ず、本人も私達も辛い入院が続き、何とか復活を願ったのですが自分たち素人に出来る事は少なく、お見舞いで明るく振る舞ってマッサージや手を握り励ますくらいしかできないのが歯痒くて、とても辛く悲しくてショックで心が変になりました。そして寝たきりのままどんどん悪くなり一年後に亡くなりました。
辛い。残酷だ。恩返しも感謝もこれからだったのに、1人親なのに、孫ともお互い唯一の存在でとても仲良くて子供の心の支えでもあったのに、どうしてこんな酷さで持っていない所から奪っていくの?と受け入れられないで居ましたが
主人は、それは神様が決める事、そして皆んなに訪れる事だから天命だから受け入れよう、と言います。受け入れることは諦めることとどう違うのかわかりません。教えてください。
そして将来がとても不安になりました、親の死の後にもお金が動き手続きで忙しくて、親戚やきょうだいが居る事で助けになったのに、一人っ子で親戚の無い我が子の将来が心配でたまりません。不安と心配と後悔と悲しみで気が狂いそうになる時があります。救いの言葉をください。
それど死んだ後は各宗派によっても違うし、浄土やら魂やら輪廻やら何が本当ですか?ずっと見守っているのですか?生まれ変わるのですか?死後のことはわからないはナシでお言葉をください。よろしくお願いいたします。長文失礼しました。

有り難し 19
回答 3
回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

本当の死後の世界とは

死後の世界、魂、輪廻とは何か。
「この世で向かうべき先が分からずでぐるぐる回っている今のあなた」です。
私は弟・弟子が去年、亡くなってしまいましたが、彼の死後の世界であるこの世にこそ浄土、極楽、彼岸、菩提=良き世を建立する一環として塔婆や供養として人が救われる塔を回答としても建立しているのですよ。この世にまだ、お釈迦様、キリスト様があられて、今日亡くなられたとします。多くの人を救って世直しをされ、あなたもその恩恵にあずかって救われたとします。あなたは、この世というお釈迦様やキリスト様の「死後の世界」=この世で何ができて、何を「するべき」でしょうかね。
お世話になった人、愛する人が亡くなって問われるのは「その人の死後の世界=この世の❝質❞」です。
本当の死後の世界とは、その人たちが死後、とこか遠くにある世界へ行く、とかではないです。世の仏教で何と説いているにしても、万人に通ずる教えでなかったならば、それは方便の一種です。私は私自身が本当に納得のいく教えしか信じられませんでした。私自身が他者に教えを提供するときに誰もが納得のゆく道理のあるものでないと救われないからです。死後の世界とは、あなたが愛する人を亡くした後、こうして生きているこの世界こそ!
この世をこそ、よき世の中、よき心=極楽、彼岸、天国、涅槃の世界と「なるように尽くしましょう!」ということが死後の世界等の真意です。この世のほかのどこにあるというのですか?たとえば(イメージ:聖☆おにいさん)キリスト様やお釈迦が亡き後に、弟子たちが「あっはっはー、解放されたゼー!おれは自由だー」とか言う弟子がいたら、オイ、お前、なんだよ。今まで、何やってたんだよ?ってことになりますでしょうが。
すぐれた弟子は師匠をも超えるべく、この世の中をより良いものにしようと、生前・死後に限らず報恩の世直しの努力を惜しまないのです。この世で無限の恩恵を受けていながら何もしないまま本当に宗教心ゼロのまま一生を自分の事だけで過ごす自分だけのエゴ無宗教と、仏教やキリスト教の活動も上回る立派な宗教活動(世直し)をされる無宗教のどっちを選ぶのか。世間では仏教も他のいかがわしい宗教と混同されているだけ。私は仏教は宗教であると思いたくありません。
大切なのは、この世の中が本当に誰もが救われる仏心をあなたの中に供養塔として建立することなのです。

この苦しみの輪廻からの解脱を目指して

マミコ様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えでございます。

親御様のことは、誠におつらいことでございました。

とにかく、私たちにおいては、代表的にも八苦(生・老・病・死・愛別離苦・怨憎会苦・求不得苦・五蘊盛苦)とございますように、皆一様に、この輪廻世界に留まってある限りは、大小問わずに迷い苦しみ続けることになるため、しっかりと、そこから脱出するための方法について、悟りを開かれまして、お説き示されましたお釈迦様の教えを学び修することで、この輪廻を超えることを目指して参りたいものとなります。

まずは、この迷い苦しみの現実を心底に理解すると共に、そして、何とかこの迷い苦しみから脱したいとして、諦めずに、しっかりと仏教を修習して参りたいところでございます。

不安と心配と後悔と悲しみなどの煩悩への対処につきましても、もちろん、仏教を修習していく中で、無くしていくことができるようになります。

死後のことにつきましては、かなり難しい内容もございますが、是非、ヤンチェン・ガロ大師「基本の三身の構造をよく明らかにする燈明」訳である「ゲルク派版・チベット死者の書」(平岡宏一先生訳・学研文庫)を読まれられてみて下さい。

あるいは、ソギャル・リンポチェ大師著「チベット生と死の書」(講談社)も。

どちらとも、死後、私たちはどのような経過を歩むことになるのかが、詳しく説かれてございます。

また、わからない内容があれば、遠慮なく、拙生に直接メッセージでも構いませんのでご質問下さいましたら。できる限りにお答えさせて頂きます。

川口英俊 合掌

回答僧

願誉浄史

生まれかわる

基本的に仏教では(少なくとも経典を読むかぎりは)、輪廻転生(生まれかわり)を前提にしています。
死人が死人のままでいるのではなく、
すぐに新しい生命に生まれかわるのです。

ただし、輪廻転生の世界、生き物の世界は、苦しみの世界です。
煩悩をなくして輪廻転生から解脱すること、生き物であることから卒業することが、
仏教の理想です。
それを涅槃(ねはん)に入るといいます。
日本語でいう「成仏」です。

涅槃に入ること、輪廻転生から解脱することは、かなり難しいので修行が必要です。

とりあえずは、死後は何か別の生き物に生まれかわる、と思ってよいと思います。
どこかで新しい生活をされているのだ、と。

浄土(仏様がいる世界)に生まれかわる(往生する)場合もあります。
浄土に往生すれば、仏様に直々に教わりながら修行できるので、輪廻転生から解脱するためには、まず浄土に往生することが近道なのです。
浄土宗ではそのように言われます。
阿弥陀仏の創った極楽浄土に往生するよう願う場合は、南無阿弥陀仏と念仏をとなえてください。


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