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後悔ばかりです

昨年の3月、難病の心臓病で主人を亡くしました。
1年間入院したままでした。

年は越せない、桜は見れないと言われながら、3月半ばまで生きてくれました。

今も尚、悲しくて淋しくて、なぜ私を置いて1人だけ逝ったのかと涙が溢れます。

最後の数時間、どうにかして欲しい、と繰り返す主人が浮かんで消えません。
苦しむ姿が目に焼き付いて離れません。

きつい水分制限も、こんなに早く死が来るのなら飲ませれば良かった。
もっとマッサージもしてあげれば良かった。
もっと寄り添ってあげれば良かった。
もっと話を聞いてあげれば良かった。
もっと、もっと、と思ってしまいます。

点滴の針も入らなくなり、尿も少なくなり、身体中浮腫み、面影すらなくなりました。
こんなに苦しまなければ、人は死ねないのかと思いました。

私を、子供たちを大事にしてくれて本当に愛してくれました。

2年前、病院に泊まりこんでいたこの季節、あの日はこうしていたなぁ、
大晦日はこうだったな、お正月は、、、と次から次へと思い出します。

後悔ばかりが押し寄せます
今、どんな思いで私を見ているんでしょうか?
苦しみからは解放されているんでしょうか?

有り難し 7
回答 1

質問投稿日: 2017年12月21日 20:03

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

大忍貫道

今すべき事とは。

ご質問を拝読させて頂きました。
振り返れば、色々と出来たのではないかと思われるかもしれませんが、質問者さんは充分にやってこられたと思います。ご主人も満足されていたのではないでしょうか。むしろ、自分の亡き後、最愛の妻が思い悩んでいる事のほうがご主人にとっては余程気懸りだと思います。

江戸時代のお話ですが、
ある和尚のところに倅を失ったお婆さんが来て、倅を失った悲しみを切々と語りました。
お婆さん曰く、倅は大変な孝行者で人様からも善人だと褒められるような人でありました。
しかし、話を聞いた和尚は倅は極悪人だと罵ります。
驚いたお婆さんに和尚はこう諭します。
「お前さんの倅は確かに善人だ。しかし、お前さんがこうも悲しんでおれば、本来は極楽往生するはずの倅は、親を悲しませた罪で地獄に堕ちてしまう。それは親の情けではなかろう。お前さんがする事は前を向いて歩き、子の供養をする事じゃ。」
こう言われたお婆さんがその後どうなったかは言うまでもありません。

このお話のようにいけば容易いでしょうが、現実には簡単には受け入れられないかもしれません。けれども、事実としてご主人がこのように思い悩む質問者さんの姿を望んでいるでしょうか。それをお考え下さい。
冷酷なように感じられるかもしれませんが、人の死というものに意味はありません。人以外の生き物の死が自然の摂理なように。しかし、遺された者が大切な方の死から、何かを学ぶ事が出来れば、死は意義深いものになります。
質問者さんがすべき事はご主人の死から何かを学ぶ事ではないでしょうか。そうする事がご主人の生を輝かせる事になります。

1年6ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

何度も読み返しました。
その度に涙が溢れました。

確かに、おっしゃる通りですよね
きっと、私の泣く姿を主人は見たくはないですよね

どれだけやっても後悔はあるのかも知れませんね
でもきっと分かってくれていると信じたいと思います

ありがとうございました

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