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今年の目標

回答数回答 1
有り難し有り難し 22

今年の目標ができました。
「成長」です。
大人になりたいです。
気持ちのコントロール、心のコントロールができてません。
それと、自分自身を好きになること。
変化の年にしたいです。
どうしたら自分自身を好きになれるでしょうか?
気持ちのコントロール、心のコントロールが上手く出来るでしょうか。
教えてください❗


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

ネットに頼らない

こう言っちゃなんですが、65問目っㇲから、それを節目にすることです。
今までのスタンスやこのままの姿勢では「人生さほど変わらんかったなぁ」とそろそろ気づいてネットやデジタルや「人に答えを求める」のではなくアナログの世界で真剣に道を求めることをお勧めします。
アナログに求めりゃいいってもんじゃありません。
深山幽谷のどこぞの本山に行ってきた、お参りしてきたといっても本人の頭の中が目の前の現実をみながらも自分の思ったこと、考えたことばかり相手にしているようでは、観光旅行と変わらんものです。
この「ハスノハ」も皆さんにエールを送りますがハスノハ依存者を作り出すことを目的としていません。
カラクチですが、あなたに必要なのはハスノハ依存からの脱却です。
ハスノハはあくまでも滑走路。
それを機縁に、実際にお寺の行事や自分を変えるための心のあり方を学ぶべき場です。

今は便利な時代ですが、便利な時代だからこそ人間をダメにする。
安易にネットで指先入力で答えを求め続けることよりも、実際に自分の足で歩いて行動形式を変えなければ「何をやっても指先で求める姿勢でしか生まれない」ということです。
便利な時代とは言え、何でも指先で手に入るというスタンスをこそコントロールして変えてみましょう。

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有り難し
おきもち

お悩み相談08020659278
今月の法話 文殊の剣 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞(本文より) 「大丈夫、慧の剣を取る。」 大いなる菩薩や老師は智慧の剣を取って、人の迷いの見解を断ち切り真実の姿をみせてくださいます。 智慧の剣とは人間の自我、我見の無いこころからなる、無垢で清らかなる「事実の様子」「本来の様相」を見極める力ともいえましょう。 それこそが智慧の剣なのです。 文殊とは自己を鎮め得た者の姿。 人間の内なる思慮分別の猛獣を修め得て、その上に鎮座する姿。 事実を事実のとおりに見るということは、余分なものがないということです。 そこに現れる余分な見解というものを断ち切った姿。 そもそも、もともと一切の事象、事実というものには余分なものはありません。 とは言えども、それでも人は人の習癖・習慣的に物事に思いをつけたす。 いまや「写真で一言」という要らぬ添え物をするバラエティ文化もあるぐらいですから、ものを本当にそのままに受け取るということをしない。 文殊様の持つ剣、智慧の剣というものは、そういう人間の考えを断ち切る働きを象徴したものです。 その文殊の剣とはなにか? お見せしましょう。 いま、そこで、みているもの、きこえていること。 たとえ文字文言を観るにしても、そのものとして映し出されているという姿がありましょう。 文字として見えているだけで意味を持たせてもいない、読み取ってもいないままの、ただの文字の羅列のような景色としてみている時には、文字であっても意味が生じません。 本当にみるということはそこに安住しています。他方に向かわない。蛇足ごとが起こらない。 見届けるという言葉の方が適しているかもしれませんね。 ❝己がそのものを観ていながらそこに余計な色や思いをつけたさぬその己の様子を「こそ」見届けてみてください。❞それはものの方を見るというよりはそれを見ている己を見つめる姿ともいえましょう。 そういうご自身のハタラキ・功徳に気づく眼を持つことです。 あなたの手にはすでに文殊の剣がありますよ。用いることがないのはもったいないことですね。

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