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贅沢にあまり興味がなくて欲が薄い

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有り難し有り難し 22

私はあまり贅沢に興味がありません。理由はあまり面白さを感じないからです。

ただ、世間ではお金を使えば使うほど成長できるとか男としての器が広がる的な意見が多数を占めています。

お金を使わせるためのマーケティングなのかなと思うのですが一概に否定できないのも事実。

お酒もタバコもやめて精神状態はいいし、普段の食事も美味しい。別に高いものじゃなくても十分美味しいし、車も問題なく乗れればいいと思っています。

欲がなさすぎなんですかね。。。世間的には欲がある方が成功できるといいますが、それは確かだと思います。でもそれと幸せは別物なのかなと。

欲が強い方が幸せですか? 欲が強い方が達成感はあって楽しいと思いますが。

負け惜しみなんですかね。昔から欲しかったものがなかなか手に入らなかったから、手に入らなくても別の提案で満足するクセが身についた気がします。

これが良いのか悪いのか未だにわかりません。

お坊さんのご回答をお聞かせくださいませ。

2019年2月23日 1:18

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

【七宝の獄】豪華な牢屋

ふつう「牢獄」と聞けば、夏暑く冬寒い、無機質で冷たい風景を思い浮かべるでしょう。ところが、『仏説無量寿経 巻下』というお経では、金銀財宝に彩られ、食べきれないほどの豪華な料理、ふかふかの布団、完璧な空調、すてきなBGMが流れる【七宝の獄】があると教えている。

極上の贅沢、すこぶる快適そうなこの環境は、いつの時代も人間にとって喉から手が出るほど欲しいものでしょう。それなのに、この誰もが憧れる夢のような空間を仏教は「牢獄」だという。なぜかというと、所詮は鎖に繋がれ幽閉されているからだ。繋がれている鎖でさえ純金製なのかもしれないけど、でも所詮は拘束され閉じ込められているから牢獄という。

どんなに贅沢で豪華な作りだろうと、自分が牢屋にブチ込まれていたんだと知ると、人はここから出してくれという。人間の本当に願うべき姿は、結局は贅を極めるという事ではないという事がわかる。

贅沢に興味がないとは大変結構な事だと思います。
まあ、あえて自ら牢屋にぶち込まれにいく必要はないでしょう。

2019年2月23日 10:53
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有り難し
おきもち

となりのトトロの世界のような山奥の田舎の小さな小さなお寺の住職をしています...

質問者からのお礼

転落院様

ご回答ありがとうございます。やはりそうなのですね。
昔はタワーマンションとか豪華な生活をしている人を羨ましく思っていました。でも今は思いません。それよりも人との温かみのある関係とかを築きたいと思っています。

でもそういう人間関係を築きたければまず自分から変わるべきだと思いました。

しかし面白いですね。あえて自ら牢屋に行く人のおかげで経済が回っている。そしてそういう人が憧れられる。

お坊さんの意見を勉強させていただければいただくほど、私の今歩んでいる道は間違いではないのだなと自信になります。まだまだ未熟者ですが、いつも本当にありがとうございます。

「欲望・欲を抑える」問答一覧

私欲を消し、利他の道を歩むには。

仏門で日々、心身を鍛錬なさっておられる皆様へぜひお力添え頂きたくご質問致します。 私は20代前半男性の勤め人です。 父母が入信していた神道系新興宗派へ物心つく前から入り、12歳まで信徒をしておりました。 その間、私が10歳の時に父は病で鬼籍に入りました。 それから母と暮らしていましたが、専業主婦をしていた母に子を養う事は難しく、段々困窮していく中で余裕が消え、それまで信仰していた宗教とは全く異なる神道系新興宗教へ母子共に改宗しました。 しかしそんな生活が続くはずもなく、私が14歳の時に家賃滞納を苦に母は蒸発してしまい、その後数年間行方は分からずじまいでした。 そして私は児童相談所を介して、これまた上記2つとは全く異なる神道系宗教が運営している中学校へ単身転校し教理の専門教育を受けました。 卒業後は環境の変化を重ねがらも細々と暮らしています。 これまでの人生で失ったもの、得たものへの無念、執着はありません。 難しい環境の中で悩む友人に寄り添い、共に支え合える関係を築けるようになりましたし、母と改めて対面した際には申し開きを冷静に聴き、母なりの苦しみを受け入れ許す事が出来ました。 これらは今までの積み重ね無くしてできない事だと思っており、成長として実感しています。 しかし根底にはやはり私欲の幸せを求める心があり、長く寄り添い互いに与え合える関係のパートナーを探すべく、6年ほど励んで参りましたが一度も叶う事はありませんでした。 悩む中で、私の今世は失いながらも人へ与え続ける事が使命なのだと結論付け、現在は良縁を求める友人達の仲人役が生きがいになっています。 長い時間の中で今世の使命をやっと理解できたというのに、俗気を消しきれず時たま空虚な気分になります。 私心を完全に消し、利他の精神を貫徹するにはどうすれば良いでしょうか? 宗派が違う3つの神道を経て尚も利他へ徹しきれない私に、仏教の観点からご教授をお願い申し上げます。

有り難し有り難し 21
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なぜ 「欲」 はあるの?

私は若い時から早く子供が欲しいと思ってきました。 ただ現実は子供を授かれるまでに少し時間がかかりました。 今は息子が産まれて、母になることができました。 息子を授かれるまでは、 1人でもいいから子供が欲しい……!! 夫と私の子供が欲しい!! と思っていました。 そして息子が産まれ、私の願いは叶いました。 ずっと、1人でもいいから欲しい!って思ってたはずなのに気づけば、もう1人欲しい!!やっぱり2人兄妹がいい!!と、欲が出てきました。 夫は来年40歳になり、子供が二十歳の時に60歳とかないわ。ときっぱり言われました。 私自身は今年30歳だし、ずっと子供は二人欲しいと思ってたしまだ大丈夫!みたいに自分勝手に考えてしまいます。 夫とは再婚で、前妻との間に子供が二人(男、女)いました。 年齢や、環境が違うのかもしれないんですが、前妻とは子供二人を望んだのに、私は二人ほしいの分かってても1人しかダメなんだ……と比べてはいけないと分かっていながら、そんなことを比べてしまいます。 夫は基本、白黒はっきりしてるようなタイプなので、私が「子供ほしい」と言うだけでは、年齢、金銭面など含め納得してくれる感じではありません。 きっともう、私が諦めるしかないんだろうな……と思いながらも、心の中では、いつかもう1人……なんて考えが出てしまい、1人モヤモヤしています。 欲 はなくせるものですか? それとも葛藤しながら諦めるしかないんでしょうか? 子供ほしいと思いながら出来ないのは、これが私の人生ってことなんでしょうか? お坊さんにも、こんなどうすることもできない欲はありますか? なにかお言葉をいただけたらありがたいです。

有り難し有り難し 13
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武士道的生き方 その障害物(特に性欲、名誉欲)

武士道というのは日本古来から伝わる日本人としての非常に優れた道徳や倫理と考えます。何故なら、神道、儒学そして、仏教の大きく分けて3つの日本の道徳の集大成とも思えるからです。 僕はこの生き方を目指して来ましたが、中なか上手く行かないのです。 でも、漢詩文の教養を高めたり、古文に親しむ、朝に走るようにするなどのある程度の曲がりなりにも規律や精神修養には励んできました。 とは言ってもいくつかのことが上手く行かないのです。恥ずかしくもまた、お坊さんのような品格の高い方に申すのは大変はばかられるのですが… 一番は性欲です。これが非常に長続きしません。人を堕落させるようなものを見て快楽を得てしまうのです。これが一日に一回以上あって他の修養にも非常に大きな妨げとなってしまいます。いかに対処すべきでしょうか。自分は出家するくらいの気持ちでこの道に進まんと思っているのですが、もしそうだとすると仏道に於いても不邪婬戒に反してしまいます。街中を、歩いていても学生という一番辛い時期ですが女性に油断すると目を泳がせてしまいます。出来るだけ武士たるもの、晒すことなくただ、向かっている方向を見るべきだとは思ったりもしているのですが… 2つ目はけじめをつけられぬ所です。気づいたら何時になっていて講座にぎりぎりだ!ということも有り、1日の規律が守れず悔しい気持ちになってしまいます。 そして他にもすぐいらいらしてしまい親に強くいうなどあります。儒教的に許されません。 ぼくをお助けください

有り難し有り難し 28
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