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人生の決断をする時の迷いについて

こんにちは。
何時もありがとうございます。
気持ちが定まらないことがあるので、お話を聞いていただけると幸いです。

新元号となり、周りの人たちも変化を積極的に享受しているような気がします。
私も、人生の転機になるかもしれない決断をしました。

親元を離れ、離れた土地で暮らし働くことです。
おそらく、家でも職場でも私が居なくなることは想定外だと思います。
今後を任せると期待をかけられているのを感じているからです。

最近、離れた土地で自分を試してみたいと思うようになりました。
それは、10年ごしの病気からの立ち直りでもあり、自分の人生に責任を持つことでもあると思います。
だから、色々な人の期待を裏切ることになるだろうけど、決断しようと思いました。

父親に話したところ、後のことはなんとかなるだろうから応援すると言ってくれました。
本当に幸せなことだと思いました。
有難い親の後押しをもらえたことは、これから離職についてのいざこざを前向きにとらえる力になりました。

ただ、決別を決め、気持ちはスッキリしましたが、いざ両親を置いていくと思うと、申し訳なさでいっぱいです。
この人たちの犠牲と恩に報いることなく、自分の勝手を通して良いのだろうかとか、出ていく以外に道があるんではないだろうかと思います。

このままの生活なら、自分が力に成れることもあるからなと、親との決別を反故にしようとしている自分もいます。
そのような生活だと自分の全力が出せない環境で、それに耐えかねての決別であったはずなのに、本末転倒な結論に着地しそうです。

きっと、結果として、出ていけなかった、戻ってくることになったとしても、それはそうなることだったんだと思うでしょう。
ただ、その結果に至るまでに、自分の意思で動いた、頑張ったという過程がなければ後悔し、周りを恨むという八つ当たりをするだろうと思います。
そのような心持ちになりたくないので、しっかり闘おうと思うのですが、実家に後ろ髪を引かれる思いも強いです。

私の心にふと影を落とす、親、家族を見捨てるのかという苛めは一体なんなのでしょうか。
その気持ちに向き合うのが怖いです。

心構え・生きる智慧
有り難し 8
回答 1

質問投稿日: 2019年5月10日 16:07

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。
回答僧

石井祐晃

見捨てるのではなく、恩返し

拝見いたしました。
悩んでいるところ恐縮ですが、家族間の仲がよろしいようでホッとします。

しかし、だからこそ、なのでしょう。
両親から見守られて育てられてきて、あなた自身も両親を大切にしているからこそ、「見捨てる」という感覚が湧き出てくるのだと思います。
ですが、親離れするということは本当に見捨てることになるのでしょうか。

両親はあなたを応援する、という道を選びました。
つまり、あなたの努力を、頑張っている姿を、あなたの両親は望んでいるということです。
決断した覚悟には、責任がのしかかります。
今度は自分が両親を幸せにする、恩を返していくのだという責任を負ったのです。

覚悟を決めたので、当然、不安になるでしょう。
いままで見守ってくれた人に背中を向けることになるからです。「見捨てた」という気持ちも頷けます。
しかし、両親はその背中を押し続けてくれるはずです。両親はあなたにそう伝えたはずです。
であれば、親の背中ではなく自分も道を選び、一生懸命に前進することが、あなた自身の人生を歩む証であり、両親への恩返しになるのではないでしょうか。

応援されるということは当たり前のことではありません。
大変だとは思いますが、期待に応えられるよう、頑張ってください。
そして、たまに振り返って報告しましょう。
両親の声は私の背中を押してくれているよ、と感謝の気持ちを伝えることほど、親が喜ぶことはないと思うので。

2ヶ月前

質問者からの有り難し - お礼

ありがとうございます。
何度も読んで、意味を確かに自分のものとしたいと思います。

応援されることは当たり前のことではない。
本当にその通りだと思います。
自分の与えられた環境に感謝しつつ、自分の出来ることを増やし、誰かの助けに成れるような人間になりたいと考えています。

拝読する間になんとなく、なぜ見捨てるのかと怖くなるかをつかめました。
私の両親、特に母は、自分より他人を優先できる人たちです。
それは素晴らしいことですが、同時に自分を粗末に扱うことに抵抗がない人たちでした。

子供である私は、無意識に習慣化していましたが、本人たちが自分を大切に出来ない分の愛情を、彼らの代わりに彼らへ注いでいました。
でも、いくら注いでも、満たされることがありませんでした。
だから、もうやめようと思い、外へ出ることを選択したのだと思います。

自分を削ることに抵抗が無い人たちを置いていくのが、とても辛いです。
大切な人なので、自分を粗末に扱わないでほしいと思っています。

こんな離れる決断をした私の感謝の言葉が、果たして両親を喜ばすだろうか、幸せに出来るだろうか、と今はまだ自信が持てません。
でも、背中を押す言葉をくれた親を信じようとも思います。
いつか自信をもって親に感謝の気持ちを伝えたいです。
ありがとうございました。

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