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なぜ苦悩があるのか

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なぜ苦悩があるのか教えて下さい。

よくスピリチュアルの世界では「魂の進化のため」と言われますが、別に苦しむなら魂が進化しなくても良いです。
人間は自ら望んで生まれてきたとも言われていますが、この世は素晴らしい世界だとあの世の堕天使にそそのかされ、騙されて不本意な人生を強制的に歩まされているような気がします。

神は完璧なくせに世の苦悩を放置し、無責任に人間を創ったようにしか思えません。愛にあふれた存在のくせに積極的に人間を救おうとしていません。神は人を苦しめてその様をせせら笑うために、退屈しのぎのために人間を創ったのだろうと思います。

思考は実現するとか、人間には自由意志があるとか言いますが、なぜ神は人間が意図せずして無意識のうちに苦しんでしまう不本意な自由を用意したのかわかりません。

苦あれば楽ありと言いますが、なぜ楽だけを感じるように人間を創らなかったのでしょうか?
苦楽を司る「相対性」という物理法則だけを創って、あとは知らぬ存ぜぬ。全部自己責任。勝手にすればぁ?と言うことですかね。

心持ち一つと言いますが心持ち一つで苦悩がある理由を解明することは出来ませんし、気分を変える程度の子供騙しのふざけた詐術で苦しみが根本から解決したら苦労しません。

こんなことを言っては失礼であろうと思いますが、わけの分からない言葉、論点ずらし、婉曲的表現で煙に巻かないでください。
簡明で直接的なご回答切にお待ちしています。

長文、駄文、気分を害されたら文がありましたら申し訳ございません。しかしそうすることで嘘偽りない本心を書くことが出来たと思います。


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

【不可称不可説不可思議】思考停止

"なぜ苦悩があるのか教えて下さい"
しらん。

”神は”
”歩まされているような気がします”
”創ったのだろうと思います”
”不本意な自由を用意したのかわかりません”
”勝手にすればぁ?と言うことですかね”
しらん。

”子供騙しのふざけた詐術で苦しみが根本から解決したら苦労しません”
そりゃあそうだ。

"わけの分からない言葉、論点ずらし、婉曲的表現で煙に巻かないでください"
だから、しらんもんはしらん。
これはこれで疑いようのない事実でしょう。

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思い通りにならないことを思い通りにしたいと欲するから

ご相談拝読しました。

もし苦悩がある理由を解明したとしても、現に今苦悩がある事実は変わらないでしょう。

以前は仏教の「空」の概念について質問されていましたが、仏教の基本的なところから学び直してみてはいかがでしょうか。

仏教ではいわゆる神のような創造主を規定しません。つまり神が何らかの意思をもって人間を苦悩ある存在として創造したとは考えません。仏教はむしろこうした形而上学的な問いは退けます。

苦悩のある原因・理由を知識として解明しようとする教えではなく、苦悩が生じるプロセスを内観し、実践としてそこに向き合おうとする教えです。

「苦」とは仏教では「不満足性」「思い通りにならないこと」「無常(永遠ではない)」というったような意味です。
つまり「楽」もまた「苦」なのです。なぜならばどんな「楽」も永遠には続かないから壊れる時に苦へと転ずるからです。

仏教ではこうしたあらゆる現象(コト・モノ)が「苦」です。因縁(原因と条件)により条件づけられた現象は苦なのです。

その苦の枠組みから解脱し、条件づけられた現象ではない境地である涅槃に達しようというのが仏教の王道です。

しかし、釈尊が亡くなってから久しく、しかも理解力も実践力も劣った身である凡夫である私にはもうその王道の仏教は成し得ません。

だからこそ苦を滅するのでなく、苦を苦であると明らかに知り、向き合い、そして活かしていこうという仏道も生まれて来たのです。

あなたがあなたの苦と向き合うための道が仏教にはきっとあります。

心の持ち様でなんかなんともなりません。心もまた「苦」=「思い通りにならない」からです。

仏教はあなたの苦を軽く見ません。またご自身の中で問いが整理されてきたらいつでもご相談ください。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
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