回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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見えない力は己の迷い
具体的にどういう事例があったのか書かれておられませんでしたのでなんとも答えにくいのですが・・・
悪いこととは自分の思い通りにならないことなのか、身体に影響を及ぼすものなのか、自分に近い親族等に何かが起こるのか、ちょっといろいろ想像してしまいました。
自分に対して悪いことと言うのは恐らくその時の自分の感情と出来事がマッチングしないが故にその出来事を悪いことと捉えてしまうことが多いようです。
何事においても物事の本質を見極めることは大切なことですので、なぜこのようなことが起こったのか、なぜこういう結果になったのか、等を考えると良いのかなぁと思います。
なぜなら仏教においては因果の通りを説き、”あらゆる物事の結果には必ず原因とその縁がある”と説くからです。
その本質を見極めずに、また見極めようともせずに、それを祟りだの呪いだの言うことは自分が迷いの真っ只中にいるということです。
愛佳さま、少し心を落ち着けて、焦らずにゆっくり考えましょう。
「呪い」「たたり」のせいにしてしまう罪。
私は、「呪い」「たたり」などの大半は気のせいだと思っています。
別の僧侶の方も仰っているように、この世の出来事は、因縁によるものです。
それが、なんとなく自分にとって悪い方向に続く事だって、長い人生の中ではいくらでもある事です。
ひょっとすると、気付いていないだけで、自分自身の行いが、悪い方向の出来事を呼んでいるかもしれません。それを「呪い」のせいにしてしまい、片づけてしまうのは非常に良くありません。
「自分の事を省みていない」という点と、「それを呪いのせいにして誰かに押し付けている」という点の、2つが重なってしまうからです。
もし心配ならお守りを身につけて
紫式部の「源氏物語」の中に、呪いで人を殺してしまう話があったり、古代日本には「陰陽師」と呼ばれるおまじないを専門とした人がいたりと、古くから呪いというものが信じられてきましたね。
しかし、今のところ呪いで人に危害を加えることは科学的にも証明されていませんし、仏教でも他のお坊さまがたが書いて下さっているとおり、原因のない結果はありえません。
愛佳さんは「プラセボ効果」という言葉をご存じですか?医学で使われている言葉で「偽薬効果」とも呼ばれます。本当は効かない薬でも、「これは効きます」と信じさせて服用すると、病気が治ってしま事があるのだそうです。「気のせい」で治っちゃうわけです。
呪いも同じです。「呪われている」と思う気持ちが悪いことにつながるんじゃないかなぁ。
それでもやっぱり、もし心配なら、近くのお寺や神社で、お守りなどを求めて常に身につけておくと良いですよ。きっと守ってくれます。
質問者からのお礼
お答えありがとうございます。
何故こういう結果になったのか
原因を考えても答えが見出だせず
"呪われてる"
と思い込もうとしてるのかもしれません。
もう一度きちんと考え
"本質を見極める"をしてみます。