頭から離れません
わたしには付き合って1年のパートナーがいます。
その人の発言でたびたび傷つけられます。
例えば、性格は好きだけど顔はタイプじゃない、前のパートナーとの性的な話など。
性格は変えることができますが、容姿を変えることはできないのでどうしていいかわかりません。
特に、性的な話が精神的にキツく、一年経っても頭の片隅から離れません。
鬱なのかと自分を疑うこともあります。
自分の人生経験不足でしょうか。
どうしたら解決できるのかわかりません。
助言をいただきたいです。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分軸で考える。
ムッくん 様 相談ありがとうございます。
あなたの人生はあなたが主人公です。自分を軸にして物事を考え
パートナー依存にならないようにしてください。
つまり、あなたの人生で、自分を軸として考えて
「発言でたびたび傷つけられます。」
「性格は好きだけど顔はタイプじゃない、前のパートナーとの性的な話」
「特に、性的な話が精神的にキツく、一年経っても頭の片隅から離れません。」
でいいのなら、交際を続けてください。
「性格は変えられるけど・・・」そんな直ぐに変わるの?
性格が変えられるということ自体、パートナー依存、他人依存になっているんじゃないの?
「鬱なのかと自分を疑うこともあります。」まで追い詰められているんだよ!!
経験不足は誰でもある事です。でも自分の生き方を交際によって見失うことは避けたいですね。よ~く考えて、交際しようね。
あなたらしく、あなたの笑顔が輝く!それを尊重してくれる人と、お付き合いされることをお薦めします。いまのパートナーが、そういう人ならそれでいいですが。
と、私は思います。
「嫌だ」と伝えたら?
「そんなこと言わないで」「気分が悪くなる話はやめて」と、「嫌だ」をはっきり伝えているのでしょうか?
抗議しているのに繰り返す場合、パートナーの性格に問題ありですね。
ただ、完璧な人はいませんから、嫌な部分と好きな部分を天秤にかけて判断するしかありませんが。
相手は相手で、まだ理想のパートナーを求めているのでしょう。
たとえば、すき焼きにお肉が入っていなかったら、思わず「すき焼きにはお肉が欲しいよな」と口走るかもしれません。
パートナーにとっては、すき焼きにお肉が入っていないくらい、口に出さずにはおれない不満なのかもしれません。
仏教用語で「愚痴(グチ)」とは愚かであることを意味します。
物事の道理を理解できない、無理なものは無理だ、無いものは仕方ないというような現実を受け入れられない人が、グチを言うのです。
そのような愚かさは誰にでもありますが、多くの大人は本音を口に出さない配慮をします。
本音を言えるのは、相手があなたに心を許しているからかも。
だったら、こちらも「その話は不愉快」と本音を言いましょう。(遠回しな表現でも)