見たら呪われる系の掲示板を読んでしまった
2011年の掲示板ですが、呪いに関する体験談を語っているものになります。呪いが分散されてこの掲示板を見た人は呪われるとありました。内容は詳しく説明することは避けますが、話しを聞いた人や体験談を語った人の家族が全員自殺や事故などで亡くなってしまっているそうです。読んでしまった私も悪いですが、本当に呪いがうつるのでしょうか?自分はともかく家族や友人に迷惑をかけたくないです。回答の程よろしくお願いいたします。
他人から陰口を言われたり、嫌われていないか
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「呪い」を安心させる拠り所
こんにちは。
その「掲示板」に「呪いに関する体験談」が書いてあった。
あなたは、これを興味があって見た。
そこで、誰かが書いた「掲示板」に「呪いが分散され」るとあり、「話しを聞いた人や体験談を語った人の家族が全員自殺や事故などで亡くなってしまっている」と書いてあった。
誰がこの「掲示板」を閲覧したかを把握し、誰がどの家族に話し、その後の経過まで調査しているという所で、この「掲示板」は物凄いリサーチ力だなと思いますが、これは置いておきましょう。
あなたは、「呪い」に関する事項を閲覧し、「呪い」に関する世界観の中に浸かって不安になっている。それは、自分の精神的世界、及び宗教に関する領域にその「呪い」が大きな地位と占めているとともに、「呪い」に対抗する、「呪い」を安心させる要素が自分の精神的世界にはないということの証明でもあります。
また、視点を変えて言えばその「掲示板」の言説をそのまま信じている、という一種自分の判断基準になっているという問題でもあります。
その「呪い」に不安があるのならば、その「掲示板」を見た時間以上に仏教の教えに関するページを見ましょう。まずは、あなたのお家の宗派に関する教えのページ或いは法話の動画です。きちんとした宗派のお寺の情報を得ましょう。お付き合いのお寺さんに聞いてもいいです。
なぜ、このようなことを勧めるかと言えば、先に言いましたようにあなたの心の中には「呪い」を安心させる拠り所が不在だと思うからです。自分の精神的な問題を判断する基準、心の支柱が不在だからです。
私の仏教では、「呪い」がテーマにはなりません。
むしろ、人を「呪い」たいと思う心を問題にします。
或いは、「呪い」に怯える心も。
呪う、呪われるという価値観ではない世界観に身を浸すことにしか、あなたの不安を安んずる根本的解決はないと思います。「呪い」を安心させる拠り所を、自分の中で構築する営みを始めましょう。
呪いのトリック
はる。さま
呪いの一つのトリックは、呪いにかかったと暗示がかった自分が、そう自分を仕向けていくという感じであります。
一種の心理トリック、プラシーボ効果であります。
とにかく気にすることは全くないでしょう。
まあ、もしどうしても気になるようならば、観音経を読誦されるのも良いでしょう。
観音経には呪詛返し(仏道を前へと進めるための障りとしての呪詛を返すため)の内容もあります。
しかし、呪いをかけた者もかけられた者も、また全ての者を救うための教えが仏教であり、釈尊をはじめ観音様はもちろんとして諸尊の慈悲の御心となります。
皆が迷い苦しみから逃れるための法として仏教を学び修して頂けましたら有り難いです。
川口英俊 合掌
質問者からのお礼
ご回答ありがとうございました。自分がいつも行っているお寺の方に聞いてみたいと思います。