hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる

お寺との繋がりの作り方について

回答数回答 1
有り難し有り難し 5

とりとめもない質問なのですが、アドバイス頂ければ幸いです。

よくお寺を第三の居場所、サードプレイスとして活用しましょう、というような
ことをこのところよく聞きます。

しかし、具体的にどのようにお寺にアプローチすれば良いかよくわかりません。

縁側でおばあちゃん住職がお茶を飲みながら、お話ししているというような光景に憧れたりします。
近くのお寺のご住職と顔見知りになって、少し雑談出来るような繋がりがあればいいのにな、と思うことがあります。

私が住んでいるのは東京の住宅地なのですが、いくつか周辺に町のお寺があります。
しかし出身地ではないため、古くからの縁もなく、私、妻、小学生の子供という典型的な核家族ですので、法事もありません。

町のお寺はだいたい本堂の扉が閉まっていますし、わざわざチャイムを押して呼び出すのも変だな、と思います。

皆さんどのようなきっかけでお寺とご縁が出来るのでしょうか。

何かヒントやアドバイスがあれば、宜しくお願い致します。

掴みどころのない質問ですみません。。。

2022年11月29日 10:11

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

気軽に参加してみましょう

拝読させて頂きました。
そうですね、なかなかお寺とのつながりを持っていくのは今現在難しいところもありますが、お寺で様々なイベントや地域住民との交流を図っているお寺もあります。
子ども食堂を開催したり、お祭りや一般向けの行事を開催するお寺もあります。
写経会や法話会や坐禅会を実施しているお寺もありますから一度気軽に参加なさってみてはいかがでしょうか?その中で居心地いいお寺や受け入れやすいお寺もありますからね。
様々なところにご縁はありますのでどうか気軽にお寺にお参りなさってみて下さいね。
あなたがこれから様々なご仏縁があります様に心より祈っておりますね。

2022年11月29日 21:11
{{count}}
有り難し
おきもち


Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして10年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラ...
このお坊さんを応援する

質問者からのお礼

アドバイスを頂きまして、ありがとうございました。
お礼のコメントが遅くなってしまい、すみません。

そうですね、いろいろなイベントを開催されているお寺も多いですよね。
ユニークなイベントを工夫されているお寺もよく聞きますので、
そういった機会に気軽に参加してみるようにします。

いまやネットやSNSで発信されているお寺も多いので、いろいろ
調べてみます。

自分の中で、ずいぶんお寺の敷居が低くなりました!

アドバイス頂きまして、ありがとうございました!

「お寺に参拝・訪問」問答一覧

今日お参りに行く時の不安

いつも私の独特な質問におこたえ下さり、ありがとうございます。 お彼岸なのでお参りに行こうと思っているのですが、また不安なことがあります。 お寺の門から入ってすぐ横に、仏様がいらっしゃいます。 私はお寺で仏様に対して酷いことを考えることが度々あり、そちらの仏様に考えた時にも手を合わせて謝っていたのですが、 今日お参りに行く時にも門から出る前に「いつも失礼なことを考え申し訳ございません」と手を合わせた方がいいのか、素通りして良いのか・・・ 謝る時には 1 お辞儀をする 2 合掌して礼拝 3 手を合わせて謝る時に頭を下げる 4 合掌して礼拝 5 お辞儀をする で良いものでしょうか? 門の前で何度も頭を下げている姿を他の人に見られるのも恥ずかしいという思いもあります。お寺に行くのに罪悪感や気の重さを感じています。 また、お寺に行っても、いつも心が乱れていて、酷いことを考えるか謝るかばかりで、感謝の気持ちを伝えなきゃと思ってもその気持ちが不足していてしっかりと伝えられない私がお寺に行く意味は何だろう?そもそも行っていいものなのか?と考えています。 何かアドバイスをいただけないでしょうか。よろしくお願いします。

有り難し有り難し 14
回答数回答 1

いつかその日が来た時に

いつもこちらではお世話になっております。 沢山の教えの中に日々気づきを頂いております。 ありがとうございます。 今日相談させていただきたいのは、檀家というお寺との関わりに関してです。 以前にも相談したことがあるのですが、私には歳の近い親戚が突然死したこともあり、不安症なところがあり、発作的に「家族の死」を考えて落ち込みます。 ですが、従姉妹の死が「その時が来たら、自分が見送られる側じゃなくて、見送る側だったことを見つめるんだよ」「あなたがこっちにきたら私も、祖父母も、みんないるから、会えるから寂しくないからね」と、教えてくれているようで、時間を要しながらも、今目の前にいる家族を大事にしよう。と、顔を上げることが出来ています。 そして、いつも思うのが、 わたしには今恋人も、自分の家族もいないので、いつか一人になった時に、誰にもこの悲しみを言えずに悲しみから抜け出せずに潰れていくのではないかということにも不安の要素があるのだと気付きました。 そこで思ったのが、 自分が日頃から関わっているお寺があれば、日頃からもっと仏教に触れることはもちろんですし、葬儀でお経をあげていただくことになっても、知っているお寺の方でしたら気持ちが落ち着きますし、法名の相談もできるかもしれません。 何より一人で辛い時には説法を聞きに行けたりして、孤独ではない、自分が生きているのは今であるということを感じる時間を持つことができるのではないかと思いました。 ですが、我が家は既に地域の納骨堂を用意しており、お墓のことを含めて檀家にというのは難しく思います。 更にお寺によるかと思いますが、お金もだいぶ掛かると聞きます(収入はそんなに高くないので) この場合、檀家になったり、馴染みのお寺を見つけることは難しいことなのでしょうか。 もちろん一番大事なのは場所ではなく、気持ちだというのはわかっているのですが、未熟者ゆえ、このように考えてしまいます。

有り難し有り難し 12
回答数回答 2

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ