生きるのが上手い友人たちに対して回答受付中
私の友人は、世の中を上手く渡り歩いていくのがとても上手いです。
例えば、私はレポートに対して「もっと詳しく考察しよう」とか、「ここは減点されそうだからもっと詳しく書こう」などと考え、楽しさもあるのですが時折締切に追われ疲弊しています。
それに対して友人は「この科目で留年することはない」とか「課題の比率的に最低何点取れれば良い」などと手を抜き、これまでうまくやってきました。
レポートに限らずこれまでも、友人たちは手を抜いても評価に影響しないところと、評価に直結するところを正確に見極め、私と桁違いに楽に効率的に世の中を渡り歩いてきました。
一方私は、90点を95点にするためにたくさんの時間を使ったり、抜けるところで手を抜けば手にできた機会を逃したり、皆が何も気にしていないことを心配して悩んだりしています
そして問題なのが、私の努力は未来に残らないのです。
彼らは評価に直結する部分は正確に抑えていくので、成績もある程度良いです。
私の努力は時折人に褒められることはあっても、卒業すれば、その評価もなにのメリットももたらしません。
なんなら、手を抜いて時間を作れば手にできた機会を逃したりしています。
能力として身についていることを実感できたこともあまりありません。
私の努力や心配が、私に報いてくれる日は来るのでしょうか?
無駄な努力として数年後にはなかったことになっているのでしょうか?
私も、彼らと同様に世の中を効率的に生きていけるように転換すべきなのでしょうか?
お坊さんであれば、仏様が見ていてくださる (詳しくないので誤解や無礼があればすみません!) と言われるかもしれないですが、無礼この上ないですが、ではそれはなにか私に利益をもたらしてくれるのか?と思ってしまいます。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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その「手を抜かない姿勢」は、何よりも尊いものです。
ご友人たちとの違いに悩み、ご自身の不器用さや、報われないと感じる努力に苛立ちを覚えるお気持ち、とてもよくわかります。
もしご友人の効率的な生き方が本当にご自身にとって最適だと思うのであれば、同じように真似をして、要領よく立ち回ってみるのも一つの手です。しかし、あなたがそう簡単に割り切れないのは、深く考察することに「楽しさ」を見出し、物事に真摯に向き合う誠実さを持ち合わせているからではないでしょうか。その「手を抜かない姿勢」は、何よりも尊いものです。
「私の努力は未来に残らない」と不安に思われていますね。しかし、それは「今のあなた」にはまだ結果が見えていないだけです。例えば、学問や研究の世界でも、何十年もの地道な探求や回り道が、後になって思いがけない形で大きな成果を結ぶことがあります。目先の損得や効率だけで計れない経験が、あなたの内側には確実に積み上がっています。
また、仏様が見ていることが「自分にどんな利益をもたらすのか」という率直な問いについて。仏教でいう「利益(りやく)」とは、お金や名誉、目先の成績といった小さなものではありません。損得勘定を離れ、自分をごまかさずに物事と向き合い続けたその歩みこそが、やがてあなたの人生の揺るぎない土台となり、他者には決して真似できない深い人間性という最大の「利益」となって現れるのです。
焦ってご友人の真似をして、ご自身の大切な長所を消してしまう必要はありません。どうか、その誠実さを誇りに思ってください。
拝
縁起寺 釋聴法



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