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バッティングに正解がない回答受付中

いちろー男性/30代
回答数回答 1
有り難し有り難し 2

YouTubeを見ていてイチローさんのインタビューがありました。
バッティングに正解がない、前進しているか分からないけども気持ちとしては前進したいと今でも思っていると、これって完成することはないけど、その瞬間瞬間は完成しているというか満ち足りてるのかなと感じます。
人生も変化し続けてはいるけどその瞬間瞬間は完成しているというか満ち足りているものなのでしょうか。人生の前進ってなんなのでしょうか

2026年11月2日 7:04
いちろー男性/30代
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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なになに道

 お久しぶりです。「変化しているけれど、都度つどは完成しているというか満ち足りている」、なるほど興味深い言葉です。
 わたしが思い出したのは、柔道とか仏道といった、「◯◯道」という見方。道というと「どこかまで行く」という目的地がありそうですが、実は道自体は大概、更に続いている。何なら藪漕ぎしてもよい。
 そう思うと、「進むこと、歩むこと自体に価値がある」という価値観が見えてきます。新幹線でビュンと目的地に行かなくても、歩く道すがらに花を見つけるかも知れない。その花を楽しもうよ、新しい花を見つけたら驚こうよ、そんな価値観です。
 そして「完成」との関係。「今日見つけた花が綺麗だった。だからもう明日は歩かない」とはならない所がミソです。更に考えてみれば、「今日見つけた花が綺麗だった」のと、「それが世界一綺麗な花である」かは別問題です。
 「前進とは?」とのお尋ねですが、これは「新しいことを知った」というだけではないと思います。「前から知っているけれど、新しい見え方をした」というのも「前進」と言ってよいのではないかと。これ、わたし自身の経験としては、50代に入ってから分かるようになりました。
 ということで、「前進」というのも、一つの姿に固定しなくてもよいのではないか。そえ思うのです。

2026年11月2日 13:17
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

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