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人生の分岐点です。聞いてください。

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はじめまして。私は結婚するまでは大変でしたが、人生を楽しく過ごしておりました。(プロフィールと悩みの欄をご覧ください)
結婚の決め手は、旦那が友達に優しいこと、他人の子供を溺愛することでした。

旦那は私よりかなり年上です。
旦那の温厚な人柄に惹かれ、プロポーズの言葉もなし(俺のことを幸せにしてよ)で結婚しました。

結婚後、激務のためほとんど家にいません。わずか2、3回でなぜか子供ができました。子供に無関心、たまに子供との触れ合いをお願いしても嫌な顔。もともと性欲がないらしく、我慢していた、女が嫌いとセックス拒否。手を繋いでくれない。なでなで、キス、ギュってしてくれない。一緒に寝たこともない。実は内弁慶で身内に暴言を吐く。私はロマンチストなので毎日泣いていました。

今でも結婚式で誓った言葉を破ると思うと、手が震えて止まりません。お互い浮気をしない人間ですが、もう離婚したいです。旦那の気分で生活費をもらうのが嫌になり、働きたいです。

愛してるから苦しいです。幻滅しました。期待しないし、ここ半年お互い話しかけることがありません。

私は十年もかけて何を追求してきたのかを、毎日考えて眠れないです。欲しいものもなくなりました。子供と親だけを大事にしないといけないと思っています。
ひとりっこなので、親が日本に慣れないので親の面倒を見るとすると、帰国しないといけません。日本が本当に大好きです。実は半分日本人みたいになってしまいました。離れることがとてもつらいです。
子供も日本で育てたかった。でも帰国した方が親たちや親戚たちが一緒に見てくれて子供が幸せそうに見えました。親を無理やりに呼んだらかわいそうだし、地震でなくなったりしたら自分を許せません。

子供と親がいなければ生きている意味がなくなりました。

今のままだと、私は親不孝です。自分自身も幸せになれません。旦那が私に無関心なので老後が怖いです。

ここ二年間毎日毎日考えて、苦しいです。人生の目標を失ったのが初めてです。正社員になりたいので年齢的に焦ります。この結婚には私はかなり尽くしたと思います。力がなくなりました。

子供も旦那もイケメンです。
日本で養われて羨ましがられています。
離婚は私のワガママでしょうか?

旦那は私に決めさせます。
自分で答えを考えても出ないので、教えていただけたら幸いです。

2015年3月20日 3:27

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

環境が変わると共に愛の形も変化させなければいけません

愛は、愛のカタチを状況によって変化させればよいのです。
包み込む、相手の非を赦す、放っておける、ケア、ただ存在しているという愛、状況によって愛は変化させた方が良いです。自分で「愛とはこうあるべきだ」と決めてはいけないのです。相手に合わせるのが愛なのですから。
お互いの「求めている愛の形」が変わってきたのです。トマトが緑色から、赤くなってきたようなもの。今度は虫がつかないようにしましょう。
お互い理想的夫婦愛を求めているだけなのです。それこそ話しあいましょう。
子供が生まれて愛のバランスが崩れているのです。
ダンナは放任主義で自由気ままに過ごすのがスキならば放っておいてあげてください。時には外に遊びに行かせてあげてください。日本の男性社会はサムライ魂上がりの戦場「いくさ(戦い)」の場。
外国の方からCRAZYだと思われていますが、ビジネスは戦場、蹴落しあいが現状。
大変な思いで今の立場をキープしています。それがあなたへの最大の愛。男性は勤務拘束時間が長く妻に愛を注ぎたくても注げない現実があります。
ビジネスは職務によっては悪魔に魂を売るようなもの。だから戦士には休息が必要。外でイイ人を演じているやさしい人ほど内弁慶に。家庭内で毒を吐くだけ。
だからそこを理解して家庭まで戦いの場にしてはいけません。
意識が変われば夫婦愛はすぐに蘇ります。
家庭は互いの戦いの疲れを癒す場。女性は子供を育てて家事をする職場でもある。
だから子供が生まれると男性側からすると愛と癒しのバランスが崩れ、口にこそしないものの世の男は、恋人だった女性が母親化し、家庭が癒しの場でなくなることで背中が泣いています。
恋人時代はうまくいっていたはずではないでしょうか?
戦いで帰って疲れて、癒されたくても、かつての恋人はいない。
子供たちがギャーギャー。(パパを誉める事が大事)お互い不機嫌。かつての優しかった恋人たちは相手への愛よりも、子供か自分への関心が濃くなって直接的な愛を感じられなくなり、その結果、お互い相手以外のものに愛情に代わる甘いものを求めに。
刻も早く、子供さんがお留守の時にでも恋人だったころの同じ状況を作りましょう。
結論:ダンナはきっと愛されたがり屋さん。自分が一番最優先にされたいだけ。一時的に子供よりダンナを可愛がりつづけてください。必ず子供もかわいがるようになります。

2015年3月28日 9:06
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有り難し
おきもち

丹下覚元(たんげかくげん)
☎お悩み相談 📞08020659278 法話禅会 毎週日曜3時より...

質問者からのお礼

優しいコメントいただきありがとうございます。
一字一句、読ませていただきました。
涙が溢れ出してしまいました。
旦那は確かに愛されたいタイプだと思います。新婚当時、よく耳掃除をおねだりされました。入浴後、体を拭いたりしてあげました。爪を切ってあげたり、靴したを履かせてあげたりしていました。旦那から抱きつかれなくても私から行けばいいやと思っていました。おかえりのチュや、スキンシップは旦那が嫌がっても、いつも私から迫って、図々しくしていました。しかし、子供が生まれてからいっぱいいっぱいになってしまい、おねだりされても子育てに何一つ手伝ってくれないくせに、何を言ってるんだと思い、拒否し続けました。自分ばかりからのスキンシップも虚しくなり、悲しいので、やめました。体さえもとめて来ないのに、なんで私と結婚したの?と問いかけても黙り込みます。旦那はきっと私のことを愛したことがないんだ、年齢が年齢だから結婚したのだと思うようになりました。子作りの機械かもしれません。

旦那は基本的に子供っぽくて、最初は愛しくて許せたのですが、だんだんだんだん頼りになれないことに気付き、何もかもむかつくようになりました。

旦那も私も愛されたいタイプだと思います…私の方は寂しい思いを我慢してきたのだと思います。しかし、最近は一生、愛されないで終わるのかと思うとぞっとします。ただの未亡人と同じです。

この結婚を選んだ私が悪いのです。自分ばかり愛する相手とは結婚してはいけなかったです。

本当に、子供には申し訳なく思います。

旦那は金=責任、全て…
と思っているようです。
私は激務は仕方がないので、帰ってきたらぎゅっと抱きしめて欲しいです。
私と子供が病気で倒れた時に、水一杯出して、大丈夫?と聞いて欲しいだけです。

うちではこれが難しいようです。たくさん話し合いましたが通じないようです。私が40度の熱を出してフラフラしても「ひどければ救急車をよべ、で、俺のご飯は?」と言われたことは一生忘れられないと思います。

うちの親は今でもラブラブです。親のような夫婦が理想です。

旦那は小さい頃にご両親が離婚しました。施設で虐待を受けたそうです。

「人生の選択・岐路・決断」問答一覧

あと1年だけ頑張ってみて、ダメだったら

こんにちは。 私はずっと追いかけていた夢にやぶれて、挫折を味わいました。夢のために、色々我慢してきました。我慢しても意味なかったんだなと思うと虚しくて虚しくて、だからもう我慢しないと決めました。 ちなみにこの夢は、もう他の道からの挑戦はできません。ダメだった時点で、永久にダメなんです。代わりはありません。 仕事を辞め、実家に帰りました。大好きな母に毎日会えます。ですが、母に頼っていきている自分が情けなく感じ、今毎日生きていることが辛いです。 やりたいことが見つかりません。いえ本当は、探しては挑戦しているのですが、ダメで、私は社会に必要とされていないのだなと感じました。 毎日辛くて、何もできなくて、以前まで楽しかったことも楽しめません。将来に希望も持てません。 母に頼ってまで生きる意味がないと考えました。母は迷惑でないと言いますが、私がそんな生き方が嫌なんです。だからあと1年だけ頑張ってみて、何もできなかったら死のうと考えています。 人は何のために生きていますか? 生まれてしまったから生きていて、そして特に死ぬ理由がないからではないでしょうか。明確に、死んだ方が楽だと思えるなら死を選ぶことは何も悪いこととは思えないのですが、いかがでしょうか。

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迷って決断が下せない

私は結婚をきっかけに会社を退社をして、今は専業主婦をしています。 仕事をしていた時に、毎日夜遅く不規則な生活をしていた為なのか、うつ状態と自律神経失調症になり、病院に通い治療中です。 そんな私に、勤めていた会社から、また戻って働きませんか?、というお誘いをもらいました。 仕事内容や人間関係に不満は無かったので、独身の私なら迷わず戻りました。 でも、今の私は結婚をして家庭があり旦那さんがいます。 仕事に戻ったら前のように帰りが10時過ぎるのは決まっていて、休みもシフト制で旦那さんと休みがバラバラ。 すれ違い生活になります。 家事も今までのように出来なくなり、おろそかになると思います。 もちろん夜ご飯は作れないので、スーパーやコンビニで買ってきてもらう事になります。 今までのように旦那さんのサポートは出来なくなります。 でも、悪い事ばかりでは無く、旦那さんから自立をして、年金や健康保険を自分で支払えます。 家庭の金銭的にも余裕が生まれ、不安な老後の為に貯金が出来ます。 会社に戻り、旦那さんや家庭を気にせずに前のようにバリバリと働くのか。 それとも、もう少し休んで体調を整えてから、扶養内で無理しない程度で働くのか。 迷ってしまって、決断が下せません。 こういう時は何を基準にして考えたり、どういう風に考えたりすれば良いのでしょうか? 自分ひとりでは迷ってしまって、決断が下せません。 アドバイスをよろしくお願いいたします。

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Pさんに問うてみた

ある人(Pさん)と出会って約20年になります。出会った時、私はまだ学生で、Pさんは10歳上のアシスタントディレクターでした。法律の授業に、先生(弁護士)の戦友(報道に携わる人)としてやってきて、講義を受けたのがそもそもの始まりです。その講義に心打たれた私は、その裁判を傍聴しに行くようになりました。 原告側に若い人がいない中、ポツリと1人参加している場違いな感じの私に、皆「なんだこの子は?」みたいな視線を送り続けていましたが、先生(弁護団の団長)と話をしていた時に、「あ~あの子か!」と驚いた様子でPさんが近寄って来ました。「どこかで見たような気がしていた」と。「今まで本当に参加してくる学生がいなかったから、まさかあの授業の子とは思っていなかった」と。それから頻繁に話をし、お酒も入りつつ語り合う仲になりました。 それから10年後、海外の支局長を経て、日本に戻って来たPさんはプロデューサーになり、報道番組を指揮する立場になりました。その時、Pさんが「この立場になっても昔の青臭いままの自分でいたい」と言っていたことが私は忘れられずにいました。 Pさんはどんどん出世し、少し前には人事部長に。 そして更に、出会ってから20年が経った最近、Pさんは報道部長となりました。 そこで、私はPさんにあることを問うてみることにしました。「報道部長としてのPさんにお聞きしたいことがあります。ありのままの姿、真実を伝える報道のお仕事をしていて、ふとした世の中の疑問についても、真っ正面から向き合い、是非問うてみたいと思うことはありますか?今でも青臭さを持って取材したいという志は変わらず存在していますか?」 Pさんからの返事。「青臭さについては僕の体からなかなか抜けません。もちろん、青臭さを抜きたくないからなのですが、『大人になりきれない』ということに尽きると思います。生きている意味、この世に命を授かり、そして、社会にむけて少しでもお役に立ったうえで人生を閉じる…その究極のスタイルを考えたとき、大人(この場合、ずるさや矛盾や不条理…などを指します)としてふるまえないのじゃないか、と強く思っているからです。器用に生きるよりも、少々不器用な方がよいとも信じています。」 私の10年後の目標は、Pさんのような「青臭さ」を忘れないでいることです。 お坊さまは「青臭い」ままでいることをどう思われますか?

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どの選択がベストなのか

こんにちは。 いつも暖かい回答ありがとうございます。私は1年浪人の上、大学2回生になったのですが、どうしてもいきたい大学があって在学中もずっと勉強をしていたのですが、今年もだめで今、受かった大学へ通っています。これも縁ですし、仏教の大学ですのでお坊さんの暖かい話なども聞けてありがたいのですが、この大学は私がいきたい大学と目と鼻の先にあり、家はいきたい大学の近くで、在学中大学へ向かう時にはいつもその大学の近くを通らないと大学へは行けません。 数人の友達もできましたか、皆んな目標があってこの大学に来たくて勉強を頑張っているのに私はまだいきたい大学の方面をむいてしまいます。 私は受からなかったことも後悔してなりませんし、かといっていつまでも引きずってはいけないとも思っています。 バイト先も皆さん本当に優しくて、私の行きたかった大学へ私以外皆さん通われています。大学どこ?と聞かれても秘密にしてしまいます。 学歴が全てではないと、就職課の方もおっしゃるのですがひっかかってしまいます。かといって、2020年受けて合格したとして、1回生で22歳。就職課する頃には25.6歳です。企業は組織に染まりやすい若い人を欲しがるので、歳をとった人を取るメリットがないとネットで書いてあることも複数見ました。 私が目指していたのは法学部で、私の住んでいる地域では有名大学。今行っているのは、俗にゆうFランといわれるところです。 このまま就職すれば、23歳で出来お金も入るかと思います。 しかし、大学にコンプレックスを持ち続けることになるかもしれません。 反対に3年遅れになれば現役より約600万ほど稼げないことになります。新しい大学へ行ったからといって、良き友人やたのしいキャンパスライフが送れるとも限りませんし、友達ができるかもわかりません。 受験勉強を続けて受かってから考えればいい!と思いなが進めてきましたが、やはり勉強中も先のことを考えてしまいます。 どうか、こんな私にアドバイスをいただけないでしょうか。

有り難し有り難し 2
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人生の決断をする時の迷いについて

こんにちは。 何時もありがとうございます。 気持ちが定まらないことがあるので、お話を聞いていただけると幸いです。 新元号となり、周りの人たちも変化を積極的に享受しているような気がします。 私も、人生の転機になるかもしれない決断をしました。 親元を離れ、離れた土地で暮らし働くことです。 おそらく、家でも職場でも私が居なくなることは想定外だと思います。 今後を任せると期待をかけられているのを感じているからです。 最近、離れた土地で自分を試してみたいと思うようになりました。 それは、10年ごしの病気からの立ち直りでもあり、自分の人生に責任を持つことでもあると思います。 だから、色々な人の期待を裏切ることになるだろうけど、決断しようと思いました。 父親に話したところ、後のことはなんとかなるだろうから応援すると言ってくれました。 本当に幸せなことだと思いました。 有難い親の後押しをもらえたことは、これから離職についてのいざこざを前向きにとらえる力になりました。 ただ、決別を決め、気持ちはスッキリしましたが、いざ両親を置いていくと思うと、申し訳なさでいっぱいです。 この人たちの犠牲と恩に報いることなく、自分の勝手を通して良いのだろうかとか、出ていく以外に道があるんではないだろうかと思います。 このままの生活なら、自分が力に成れることもあるからなと、親との決別を反故にしようとしている自分もいます。 そのような生活だと自分の全力が出せない環境で、それに耐えかねての決別であったはずなのに、本末転倒な結論に着地しそうです。 きっと、結果として、出ていけなかった、戻ってくることになったとしても、それはそうなることだったんだと思うでしょう。 ただ、その結果に至るまでに、自分の意思で動いた、頑張ったという過程がなければ後悔し、周りを恨むという八つ当たりをするだろうと思います。 そのような心持ちになりたくないので、しっかり闘おうと思うのですが、実家に後ろ髪を引かれる思いも強いです。 私の心にふと影を落とす、親、家族を見捨てるのかという苛めは一体なんなのでしょうか。 その気持ちに向き合うのが怖いです。

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