はらわたが煮え繰り返っても笑顔でいろ
タイトルの言葉を別れた夫に言われました。
昔から笑顔が少ない事は祖母や元いた会社の上司から言われて認識していました。
なので、職場では極力笑顔でいました。自己啓発の本などを見ても、作り笑いでもいいから笑顔でいなさい。口角は常に上げていなさいなどと書いてありましたし。
ただ家では素の自分だったと思います。
笑顔でいなくてはという意識はありませんでした。
元夫との会話の中で楽しい時は笑っていたと思いますし、理不尽と思った時はそれを押し殺してまで笑顔ではいませんでした。その必要もないと思いました。
その程度の感情の起伏であると認識していましたが、元夫によれば私は気分屋すぎるそうです。
私にとって職場などで笑顔でいるのは、要らぬ軋轢を生まない為の処世術です。
しかし、私は家でもはらわたが煮え繰り返っても、笑顔でいなければいけなかったのでしょうか。
元夫は理不尽の塊のような人ですが、本質を突いた発言をする事もあります。
お坊様のご意見をお伺いしたいです。
どうぞよろしくお願いします。
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笑顔は、誰かに強いられて、作るものではないよね。
そぅ〜そんなことを言われたのね。。。傷つくこともあったでしょうね〜。辛抱してきたんだね。
笑顔って素敵だけれど、それは心から喜べたから、生まれる表情。もちろん、相手を気遣い、笑顔を向けるときだってあるよね。どちらも、私が感じたままに、表現されるものです。
表情が豊かな人もいれば、分かりにくい人もいるけれど。。。笑顔は、誰かに強いられて、作るものではないわよね。そんなの、笑えないよ。
誰にとっての笑顔が欲しかったのかしらね。あなたが幸せでいてほしいから?あなたのため? それとも、彼が自分に向けて欲しかったからなのかしら。それだけ、彼も心から笑えてなかったのかも知れないねぇ。
誰に評価されるでもなく、あなたが、自然な笑顔でいられますように(*^^*)
気にしなくていいよ。
あなたの控えめな笑顔も、きっと素敵だよ☆
あなたは悪くない
質問者からのお礼
中田さま、聖章さま、ご回答ありがとうございます。
同居していた祖母、部活の顧問、職場の上司、言葉の程度は違えど、似たようなことを言われて来ました。だから笑顔を作って来たのです。
そして、元夫の言葉に家でも努力が必要だったのかと落胆しました。
聖章さまの私を笑顔にさせてよ!とのお言葉、笑ってしまいました。
笑えと強要する人に、笑顔になれるわけありませんよね。