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兄が冤罪で逮捕されました

回答数回答 2
有り難し有り難し 27

兄の経営する会社で不正を行ったアルバイトのせいで、兄自身が裏で指図したのだろうと逮捕されました。
勿論、兄は指図もしていないしその不正をしただろう人達は下っ端のアルバイトなので会った事すらなかったそうです。

弁護士からも「やっていないならやっていないと言って下さい」と言われ、否認していました。しかし、同時に逮捕された関係者がすぐにやったと認め、その人達は書類送検のみに。

兄はずっと否認を続けましたが、何十日も拘束され、毎日同じように尋問され、精神的におかしくなり、ついにやってもいないのにやったと認めてしまいました。

他の人達と違いすぐに認めなかったから悪質と判断され、執行猶予がつきましたが有罪になりました。

それから兄の会社はうまくゆかなくなり、兄も鬱病を発症し、ろくに仕事ができません。やっていなくてもすぐに認めていれば書類送検のみだったのに、それを教えなかった弁護士も弁護士です。

本当にやっていないのにそれで長く拘束され精神をおかしくされ、不正を働いた者は追求されずどこかへ消えました。

冤罪を作り出す警察と検察、そして役に立たない弁護士、すぐに、やってもいない罪を認め書類送検でおさまった関係者たちもあっという間に会社から離れていきました。その人達すべてに信用ができなくなりました。

兄には奥さんも子供もいます。何もしていない人間を破壊し、幸せな家族を崩壊に仕向けた人達が平穏に暮らしています。不条理過ぎて納得がいきません。
この気持ちをどうすればよいでしょうか?

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

お気の毒です、あなたは無実を信じ続けてください

空いろさん、そしてお兄さんとそのご家族の方々本当にお気の毒です。真実は判りませんがたぶんあなたのお話の通りだと思います。私は法律と名誉回復の訴訟について詳しいわけではないのでお答えににはならないかもしれませんが、身近に冤罪ではないですが事実より大きく罪を盛られ最初は警察も執行猶予の傷害事件といっていたのに被害者の慰謝料を法外に請求するための偽証もあり最終的には殺人未遂にされた方の話しもご家族から聞いたことがあります。また弁護士の働き方で全く裁判の判決が変わったのではないかという話しも聴いています。服役した本人からまったく弁護士は動かなかった話も聞いています。ですから残念ながら空いろさんのお話しはたぶんその通りだと思いますし、実は冤罪が多く、警察の最初からの思い込みや先入観に基づく犯人作りはあると私も思っています。(警察の人間もボランティアで知っており真面目な公正な方も多くいることも確かですが)。ですからあなたのお兄さんの無実を私も信じます。あなたはこれからもお兄さんの無実を強く信じ、お兄さん本人にもご家族にもあなたは無実であり、被害者なのだと話してあげてください。たぶんお兄様はさんざんにお前は犯罪者だと言われ続け、自分は本当に罪を犯したのではないかと疑心暗鬼に,だれもが自分の無実を信じてくれないのではないかとの疑心暗鬼と自信喪失になられているのではないかと思うのです。そうであるならば一番必要なことは私はお兄様の無実を信じているし、お兄様は被害者なのだと伝え続ける事かともいます。私も無実を信じております。

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有り難し
おきもち

長くサラリーマンをしていて、16年前先代の跡を継ぎました。住職となって改めて仏教の勉強不足を実感しています、未熟者です。 hasunohaは私にとって修行の場です。

『お詫び』

投稿した文章は仏典・論書・祖録等を引用して予め法理を明示しなかった為に、回答内容が仏教とは異なった通俗的な価値観に比重を置いたアドバイスになっておりました。
この回答が仏教を学ばれる方々の妨げとなる可能性がありましたので、まことに勝手ながら回答を全て削除させていただきました。

代わりにここでは、仏教の概要を少し紹介させて頂きたいと思います。

『仏道』
仏教の門戸とその修行法は多種多様でありますが、その道のりの先にあるのは解脱です。

大乗仏教では、菩提心がその人に現れる時から仏道は始まり、数多の転生を繰り返し、数多の大師や仏菩薩と出逢いながら、久遠の修行の時を経て、その人の全てが捧げ尽くされ、そこで菩提心が開示されます。
道の始まりから人は、菩提心に導かれ解脱へ辿り着きますが、そこで悟るものも菩提心です。

道の初め、自らの苦しみからの解放を求める切なる純粋欲求であった個人的な菩提心はやがて、すべての存在を救いたいという祈りに裏打ちされた不屈の意志と信心をその人に刻み付け、非個人的な菩提心が解放されます。
そのような菩提心と與に道を歩む人を菩薩と呼びますが、菩薩の意志や信心、原動力の源が解脱の時に悟ることになる菩提心です。
菩薩が歩む大道の上には、見道や解脱、その先に続く仏としての完全な成就の因となる多種多様な修行が立ち現れます。
日本仏教という道もこの大道を源としているので、全ての道はそこへ還りつくようになっています。

その人の道はその人にとっての真性の師である覚者との邂逅や、久遠の時を與にしながら道を歩んだ法友との再会によって開かれ導かれていく歩みであると伝わっております。
どうか空いろ様の出逢いとその歩みの上に障碍がありませんように。

願以此功徳
普及於一切
我等與衆生
皆共成仏道

合掌

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