兄が嫌いで実家に帰りたくありません
初めて質問させて頂きますので、不手際がありましたらすみません。
私は実家に住んでいる兄のことが嫌いです。
もう随分前になりますが、私が高校生の時、兄は引きこもりになりました。他の兄弟は順当に自立して行っている中、兄が引きこもりになってしまったことに嘆き苦しむ両親を間近で見ていました。親の涙を見たのはその時が初めてだったと思います。親が兄の部屋の前で悲鳴のような泣き声を上げるのを今でも忘れられません。私の誕生日にも兄は家にいて、兄のせいで夕食の空気が重くなり、私が泣き出して親が兄に説教をし始めたことも覚えています。最悪でした。
それから私は兄が嫌いだったのだと思います。
家族だから、兄弟だから、そんなこと考えてはいけないと無意識に押さえていましたが、どう考えたって兄が嫌いです。
県外の大学に進学したのも、就職先を遠い地にしたのも、実家にいたくなかったから、と言うのが理由の一つでした。
ですが、時が経って私も大人になりました。兄も変わりました。仕事をしています。実家にいるおかげで親戚とも顔をよく合わせ、私よりよっぽど信頼されていると思います。
それでも私はまだ兄のことが嫌いです。仕事は両親のコネで両親と同じ職場ですし、黙ってばかりで何も言わないくせに会話の場には混ざりたがってきて鬱陶しい。そのくせ時折兄貴ヅラをして話してくるのも腹が立ちます。もう生理的に無理だということかもしれない、と思ってしまいます。
だって兄は何も悪くはないと分かっているのです。引きこもりだったのも、今も両親の手を借りて生きているのも、ただ少し社会と性質が合わなかっただけです。
それだけに、兄が嫌いな自分を責めてしまい、辛いです。
何よりも両親に申し訳ないです。両親は兄弟仲良くして欲しいでしょうし、私にもっと帰ってきて欲しいのかと思います。
私自身両親には会いにいきたいです。でも兄に会いたくなくて実家にあまり帰っていません。
兄のことはまだしも、両親を悲しませたくないです。しかしそうなると嫌いな気持ちを押し殺して実家に帰るしかなく、辛いです。
両親が私の家に来てくれたこともありましたが、兄も引き連れてきたので絶望しました。両親に理解してもらえないというのも辛いです。
長文になってしまい申し訳ありません。
この辛さをなくす方法をどうか教えて頂きたいです。
お坊さんからの回答 3件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
まだ埋められない時間と距離。自分の気持ちに正直であればいい。
あなたにとっても、大事な「両親・家族・家庭」だったわけですから、お兄さんにも事情があったとはいえ、あの頃は あなたの大事なものが、お兄さんの都合により振り回されて壊されてしまったわけですよね。
あなたの高校生時代は返ってくるわけではなく、あの頃から大事なものが居心地の悪いものとなってしまった。その記憶や関係性は消えるわけでも、上書きされるものでもない。
だからこそ、お兄さんが変化していかれても、両親が良好な家族関係を望まれても、気持ちが「簡単にはいかない」と反応をするのですよね。それは、あなたの心が狭いわけでもなく、お兄さんを受け入れないわけでもなく、「埋められない時間と距離」があるからだろうと思います。
あの時、県外への進学を機に、あなたは自分の環境や心を守ったのだと思います。お兄さんもまた、あなたを含め家族の変化が良き刺激やキッカケになられたのかもしれません。そうして時間や距離が、安心や成長に繋がってきたのも確かでしょう。
ですが記憶や関係は、あの頃のまま消えていない。お兄さんの存在が苦手なままの状態なのです。だから、あなたの気持ちや反応は、自然なものではないでしょうか。
今無理をして動かなくても、いつかどこかで、何かのタイミングで、あなたの気持ちを伝えたり整理する日がくるんじゃないかなと思います。お兄さんからも、あなたへの想いを感じたり、言葉や態度に触れるときもくるでしょう。自然と時間や距離、関係に何らかの反応や変化があれば、その時に自分の気持ちを確認すればいいと思いますよ。それまでは、自分の気持ちに正直であればいいと思うわ。
「たまには親子水入らずの時間を持ちたい」と提案してみては。
ご相談拝読いたしました。過去の辛い記憶や、ご両親を悲しませたくないという思い、そしてお兄様を嫌ってしまうご自身を責めるお気持ち、どれほどお辛かったことでしょう。
仏教、とりわけ浄土真宗の教えでは、私たちは皆、自分のコントロールを超えた感情(煩悩)を抱えて生きる不完全な存在(凡夫)であると見つめます。理屈では「兄は悪くない」と頭で理解していても、過去の傷から心がどうしても拒絶してしまうのは、人間としてごく自然なことです。どうか「嫌悪感を抱く自分」を、これ以上責めないでください。
この辛さを今すぐゼロにする魔法はありませんが、ご両親との関わり方を工夫することはできます。例えば、ご実家へ帰るのではなく、ご両親と外でお食事をしたり、小旅行に誘ったりして、「たまには親子水入らずの時間を持ちたい」と提案してみてはいかがでしょうか。お兄様を否定するのではなく、「ご両親とじっくり話したい」という理由であれば、角も立ちにくいかと思います。
すべての物事は移り変わっていきます(諸行無常)。今は無理に嫌悪感を押し殺したり、好きになろうとしたりする必要はありません。適度な物理的距離を保ち、ご自身の心を守りながら時を重ねる中で、お兄様への感情も少しずつ違った形へと変化していく日が来るかもしれません。まずは、ご自身が安心できる形で、ご両親との温かい時間を持てることを願っております。
拝
縁起寺 釋聴法
ご相談くださりありがとうございます。
文章から、長い時間の中で抱えてこられた思いの重さがよく伝わってきました。
まずお伝えしたいのは、お兄さまを嫌いだと感じてしまう自分を、責めなくてよいということです。
あなたが高校生の頃、家の中では大きな出来事が起きていました。ご両親の苦しみ、家の重い空気、誕生日の記憶…。思春期のあなたにとって、その状況はとても強い衝撃だったはずです。そのときの感情が心の奥に残っているのは、ごく自然なことです。
人の感情というものは、「理屈で正しいと分かっているから消える」というものではありません。あなたはすでに、お兄さまの事情や苦しさも理解しようとされています。だからこそ、「嫌いと思う自分はひどいのではないか」と苦しんでしまうのでしょう。
しかし、理解することと、好きになれることは別のことです。そこを無理に一つにしようとしなくても大丈夫です。
そしてもう一つ大切なことがあります。あなたがご両親を大切に思うことと、お兄さまと距離を置くことは、必ずしも矛盾しません。
例えば、
・実家に帰る回数を無理に増やさない
・ご両親とは外で会う時間をつくる
・電話や別の形で関係を保つ
こうした形でも、十分に親孝行はできます。
「兄弟仲良く」という理想があったとしても、人と人の相性や距離感にはそれぞれ事情があります。無理に近づこうとして心が壊れてしまうより、自分が無理なく関われる距離を見つけることの方が長い目で見て良い関係につながることも多いのです。
仏教では、人はそれぞれ異なる「縁」を持って生きていると考えます。家族であっても、すべての縁が同じ形で調和するとは限りません。大切なのは、「こうあるべき」という理想で自分を縛りすぎないことです。
あなたはすでに、ご両親を思い、家族のことを真剣に考えておられます。その優しさがある限り、あなたが冷たい人間であるはずがありません。
「お兄さんを好きにならなければならない」と思わなくていいのです。
まずは、お兄さんと距離を取りながらも両親との関係を続ける道を探してみてください。時間が経つ中で、感情が少しずつ変わることもありますし、変わらなくても、それはそれで構わないと思います。
あなたがこれ以上、自分を責め続けなくてよいように。
どうか、ご自身の心も大切になさってください。



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言いにくいこと、言えない気持ちも大切にします。あなたのお気持ちのままに、ゆっくり待ちながら、その気持ちを大切に受け止めたいと思っています。
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