お坊様から浴びせられたヒドイ暴言について
(編集部より。こちらの質問は利用規約により一部編集しています)
以前、私が21歳の頃、奈良にあるお寺に伺い、そこの僧侶数名と、信者さん数名とでお寺巡りしました…
寺の山門で40代の僧侶から私の事を皆に聞こえるような大きな声で≪皆様は、高校や大学、卒業後に社会人になり間の開いてない人生を送っていると思われます! 間が開いている人を【マヌケ!】といいます!≫と罵倒されました…
以前の私は5歳の頃、父親がガンで死別し、母親一人で弟と育ちました… その母親は生まれつき、心臓に障害を抱え、若い頃、肺の一部分を切除手術し、数年間入院した経歴の持ち主です。 心臓に障害を抱え、母子家庭ながら私と弟を育ててくれました…
弟は健常者ですが、私は生まれつき、口唇口蓋裂で3度の手術をしました… 学生の頃、酷いイジメに遭い、中二で不登校をしました…
高校は通信制高校で、不登校の事で不良達からとんでもない嫌がらせをされ、中には学校の先生がその不良に加担していて、本当に悲惨でした‥ それでも何とか卒業しました。
他にも幼少期のトラウマにより《雷恐怖症》という精神の病気を患い、無職でした‥
何とか立ち直りたいと思い、そのお寺に伺い、皆の前で僧侶から上記の暴言を浴びせられたのです…
ここでお坊様に質問ですが、お坊様は40代にもなっても21歳の子にこんな暴言を浴びせるのでしょうか?無職を平気でからかうのでしょうか?
私は今、38歳ですが、僧侶から浴びせられた暴言で心に大きな傷を負いました…
その僧侶は寺で山伏さんをやっておられた方です…
そんな厳しい仏の修業をされている方が、何の理由があるのか解らないのですが、平気で大勢の前で悲惨な境遇の子を相手に、罵倒するのでしょうか? それがお釈迦様の教えでしょうか?
尚、この寺は不良少年や挫折した人を立ち直らせる事を謳い文句にしたお寺でした! 管長や僧侶は矢鱈と【人助け!人助け!】と連呼していました… そして、お寺で預かり、お世話したのはどこかの会社社長の息子や多くの土地を保有している土地成金とか金もちばかりを優遇していました‥‥
しっかりしたお寺なのに本当に残念です…私は立ち直りたくて働きたくて、社会人になりたいので、そのお寺に修行に行ったのですが…
お坊様方、これが人助けでお釈迦様の教えなんでしょうか?
仏法や仏教はこんな教えなんでしょうか???
先祖供養をして功徳を得たい煩悩人です! 母方のお墓はほったらかしで、家の仏壇もほったらかし…… 父方の共同墓地も私以外は一切誰も墓参りしてない状態… まあ、今どきの人間だから仕方がないかもしれません… だから私が母方も供養してます! 早く悟りを開いて如来になりたい弥勒菩薩です!
人間である以上、煩悩は消せませんし、煩悩まみれ… 余りに多すぎて記載不可能!
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
自分の「まぬけ」に気付いていない人が「まぬけ」
ご質問の内容を見るかぎり、そのお坊さんは「間抜け」という言葉の意味を説明しただけであり、あなたのことを罵倒したのではないと思います。
しかし、その一言を気にしてあなたの時間は止まっているのでしょうか?
たいして親しくもないお坊さんの一言で、あなたは長い間苦しんでいるのでしょうか?
失礼ながら、それこそ本当に「まぬけ」なことです。
敵は、そのお坊さんではありません。
あなた自身のコンプレックスと闘う必要があります。
他にも、自分自身の欲・怒り・怠け・プライドなどの煩悩と闘ってください。
自分の本当の敵に気付いていない人こそ「まぬけ」ではいでしょうか?
今から、あなたは自分の本当の敵、つまり煩悩と闘い始めましょう。
自分が「まぬけ」だと気付いていない人が「まぬけ」です。
自分の「まぬけ」さに絶え間なく気付いている人は「まぬけ」ではないのです。
逆に言うと、そのお坊さんに対して、「よくぞ注意してくれた、まさに私はまぬけだった」と感謝できる人は「まぬけ」ではないのです。
「まぬけ」と言われて怒る人は、自分の欲・怒り・怠け・プライドと向き合わずに他人に八つ当たりばかりして、無駄に苦しんでいる、「まぬけ」なのです。
仏教は、
悩み苦しみの原因である煩悩を制御したり消したりして、
悩み苦しみを制御したり消したりする教えです。
今からでも、お気楽極楽な仏教のある時間を暮らしましょう。
質問者からのお礼
文中に《まぬけ》を連呼されていますね…
まあ、お前も≪まぬけ!≫だが!!! 坊主の世界はどんなんかはネットで告発されています…
お前の発言内容を考えたらいかに仏教が堕落しているのかすぐに解りますね!
葬式でも戒名で丸儲けだし‥‥
要するに同業者の批判されてムカついてんだろ??? その程度か!(笑)