嘘について
彼女が職業を偽っていました。
本当は風俗嬢であり、彼女からのカミングアウトでした。「バレないなら、バレないで良いけど、貴方を騙すのに苦痛になってきた」と言われました
彼女はバツ1であり、成人済みの子供が2人(1人は私立大学生)がいます。
彼女は40歳、私は30歳
他にも、こちらが掴んでいる嘘はあります。
「傷つくだけなら、嘘をついた方が良い。」とも言っていました。
私は彼女の職業を受け入れます。貴賎など無い。彼女の根底に惚れたのですから。
しかし、嘘はどうなんでしょうか?実際、それ以外では本当に素敵な女性です。愛し、愛されており、毎晩のスキンシップも欠きません。
仏教では、嘘をどう捉えているのでしょうか?嘘に良いも悪いもあるのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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不妄語戒
騙す、陥れるためにつく「嘘」もあれば、守る、回避させるためにわざとつく「嘘」もありますよね。
そもそも「嘘」そのものはタダの言語の羅列。これを取り扱う側へ立った時に初めてその人間同士の「思い」に関係性が生じ、色が付くということ。こちらがどう表現するかでも変わるし、相手がどう捉えるかでも変わってしまいます。
許せる嘘、看過できない嘘、大小様々な嘘がこの世の中にはゴマンと散りばめられています。「嘘偽りを言わず」の禁戒は、どんな環境に置かれても自分にだけは嘘はつかないように、そういうことを説いてるのだと思います。
彼女のことを正直どう思っているか、ありのままの彼女を本気で想うなら、それで自分の気持ちに嘘偽りがなければ、相手がどうであろうと、それが唯一の答えなのではないでしょうか。
質問者からのお礼
ありがとうございます。
自分の気持ち次第、、自分には嘘はつきたくないので、貫かせていただきます。