hasunoha お坊さんが必ず答えてくれるお悩み相談サイト

お坊さんに質問する
メニュー
メニューを閉じる
家から匿名・オンラインでお坊さんと話せる!hasunohaオンライン個別相談
そらノート 亡くなった人やペットに思いを伝えよう hasunoha姉妹サイト登場

仏様から嫌われることはありますか?

回答数回答 1
有り難し有り難し 13

すみません。心配なことがあるので教えていただけますか。

個人が仏様から嫌われるということはあるのでしょうか?
また、女性の仏様は、綺麗な女性がお参りに来るとやきもちを焼いてしまうので、お参りしない方がいいと聞きました。本当ですか?
それと、お参りの作法を間違えると逆鱗に触れる仏様がいらっしゃると聞きました。ふらっと立ち寄ったお寺で私は大根を持参できませんでした。失礼がなかったか心配です。

私は神社仏閣を散策するのが大好きです。でも、なんとなく上記の事項を意識してしまい、心配にかられることがあります。

私のご先祖様は天台宗のお寺にいて、法事の際にはいつもお世話になっております。私自身もこちらのお寺の幼稚園で成長しました。(でも大学はキリスト教の大学に行きました。)若いときは、信仰を重んじるというより、興味本位のほうが強くて、宗教に対して軽率な気持ちだったと思います。申し訳ございません。

以前、厄を迎えたお正月に、観光を兼ねて有名な真言宗のお寺で厄払いをしていただいたら、その年に物凄く悪いことが自分の身に立て続けに起こりました。
その後、私は結婚したのですが、旦那さんの実家の信仰も真言宗で、なんとなく不吉な予感がし、結局いろいろあって離婚に至ってしまいました。

偶然なのかもしれないのですが、もしかしたら私は真言宗のお寺と仏様から嫌われているのではないかしら、、、とお参りをすることが怖くなってしまいました。
真言宗のお寺を拝見させていただく際には、以前の悪夢を意識してしまい、仏様から嫌われないようにといつも怯えてしまいます。。。

私は今後も、お寺や神社を散策したいと思っていますが、怯えずに安心して仏様にお迎えしていただき、お参りしたいです。

どうしたらよろしいでしょうか。
よろしくお願いいたします。

2018年1月3日 20:40

この問答を娑婆にも伝える
facebookTwitterLine

お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

嫌う、ことはないと思います。

こんばんは。神仏が特定の人間を嫌う…という言葉の中には、神仏をごちゃ混ぜに捉えているというきらいが見えます。
日本の神様はかなり人間チックで、喧嘩したり嫌いだったり、というストーリーを持っている神様はいます。そういう意味では、個性の幅が広いと思いますね。後、参拝の後お尻を向けてはいけないとか。
一方、仏様は基本、人間を嫌ったり罰することはないと思います。怠けを戒めたり、虚仮を剥がすために特別な姿で表すことはあると思いますが、本質的に「嫌う」という為ではないと思います。また、仏様に性別はありません。
厄に関しては、現実大きなお寺で厄払いをしていますが、多分本質的には仏教と異なる発想であると思います。「払って貰ったからもう安心」というより、「要注意の時期ですから、これをキッカケに仏法を守れるように心がけて下さいね」という現れとしての事ではないかと捉えています。
なので、「仏様に嫌われた」というのは、ややこじつけではないかと感じるのですが、どうかこれをキッカケに、それぞれのお寺なら神社なりの由来や考えをついて、調べてみてはいかがでしょうか。それぞれのストーリーを知ってお参りすると、より細かいところが見えたり、「きまり」の背景が見えて、より親しみを持てるような気がしますよ。

2018年1月3日 22:36
{{count}}
有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊...

質問者からのお礼

ありがとうございました。
感謝の気持ちでお参りさせていただきます。

「仏像・仏様・阿弥陀・観音」問答一覧

小屋から出てきた仏像について

先日、祖父の家の物置小屋を探検していました。私が知っているのは、祖父の家は江戸時代から13代続く家です。 そのため、小屋にはなんか凄いの入ってそうだな、という木箱や竹籠が沢山あります。 色々見ていたところ、主に朱塗りのお膳セットや陶器でした。 しかし、父がふと この木の棒なんだ? と、足元の樽の上にあったものを手に取ると。 仏像でした。私は仏教は好きでお釈迦様の教えなどは好んで知ろうとするのですが、仏像に関しては分かりません。 その仏像は30センチくらいの立像で観音様でしょうか。 スラッとしていて右手は人差し指と親指をくっつけて上を向き、左手は下を向いている美しい仏像でした。 仏像の乗っている台の下には 先祖代々永享元年 と書かれており、調べてみると室町時代だとか。 もうひとつも立像で、胸の下あたりに法界定印(調べました)を組んだ お地蔵さま?お釈迦様?です。 これは、年代は不明です。10センチから15センチくらいです もうひとつは、20センチくらいの扉のついた彫り物です。3センチ程の人物が3人いて、御一方は不動明王様でした。 長くなりましたが、無造作に埃まみれの小屋において置くのも嫌だなと、見つけたのも何かのご縁かと思い、汚れを拭き取り綺麗にしました。 これらは、仏壇で一緒に手を合わせていいものでしょうか。 良ければ教えてください。曹洞宗です。

有り難し有り難し 15
回答数回答 1

本尊とお唱えの対応関係

 こんにちは。当家の菩提寺は曹洞宗なのですが、「うちのお寺のご本尊は歴史的な経緯から阿弥陀如来なんですよ」と住職に聞きました(あまり大きくもないこともあり、それまで遠目にはわからなかったんです)。宗派の本尊と各寺院の本尊が一致してないことはよくあることですので、それ自体はへえそうなんだ。ぐらいの感想でしたが、ちょっと後で考えてしまいまして。というのも、その阿弥陀如来様の前に「南無釈迦牟尼仏とお唱えしましょう」という掲示があり、ずっとそうしてたんですけど、目の前におられるのは釈迦如来じゃありませんよね・・・?「南無阿弥陀仏」じゃないんでしょうか??みんなに目の前で「南無釈迦牟尼仏」と言われて阿弥陀如来様はどう思われることなんでしょう?両方唱えてみるべき?  実は、法要の際に住職が「南無釈迦牟尼佛・南無高祖承陽大師・南無太祖常済大師」と列挙している部分に一言「南無阿弥陀仏」と挿入していたことがあり、おお!ここで配慮してたのかと得心したんですが、逆に言えば阿弥陀如来関係はここだけです。そもそも、曹洞宗のお経は釈迦如来や観世音菩薩関係のものばかりですよね。  寺の本尊もしくは各家庭の仏壇の本尊と、お唱えやお経って、必ずしも対応してなくてもいいものなんでしょうか?多分いいんだろうけど、なんでなんでしょう?(だって、そうじゃないと薬師如来や地蔵菩薩や不動明王のお経なんか唱えたくてもまず唱えられませんよね。)如来や菩薩は相互に「私の前で誰それからこんな読経があったよ」と報告してくださってるのか、それとも上司不在時の代理決裁のように宛先が別の如来でも処理してくださるのでしょうか?このあたり、どう理解したらいいものなんでしょうか、よろしければ回答お待ちしております。

有り難し有り難し 12
回答数回答 1

関連する問答

温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ

相談カテゴリ
-四苦八苦 SickHack!▼ 全カテゴリを見る