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地獄に行きたくない

回答数回答 2
有り難し有り難し 231

私は今中学3年生でもうすぐ高校生になります。
最近自分がしてきた事を考えると
地獄行き確定だなぁと思うことがあり
質問させていただきました。

親に暴言、暴力をしてきました。
その度に私が幼稚園から当たり前な
事かもしれないけど叩かれながら
教育をされてきた事に対しての
復讐といいますかイライラから
親にひどい事をしてきました。
父には力でも叶わないので
母に当たっていました。
暴力をするたびに父に殴られ
そのやり返しをまた母にする
その繰り返しでした。
今は収まりました。
まだ暴言は時々いいます。

他にも理不尽な事で親にキレたり
理不尽な事を押し付けたり
またネットなどで調べましたら
虫などを殺したりした時点で
地獄らしいですが
子供の時虫を殺したり
してました。

他にもいろいろありますが
地獄に落ちて針地獄など
色々な罰を受けるなら
人生なんかどうでもいいような
気がします。

私は地獄に落ちることは
間違いないと思いますが…
どんな罰を受けますかね?
教えてください


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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

正しい仏教

>さきに
あしき業(わざ)を行える人(ひと)も
後に 善(よ)きことによりて
清められなば
まこと 雲を離れたる
月のごとく
彼は
この世間(よ)を照らすべし
(発句経173)

これが本物の仏教です。
これまでに悪いことを積み重ねてしまったとしても、それが悪いことだったと気付き、改心してこれから善いことを積み重ねるよう努力していけば、暗闇の中でも曇りなく輝く月のように清められることができますよと。それも「この世間を照らすべし」ですから、人々から尊敬を受け、模範となるような人になれますよと。反省することにはそれだけの強い力があるのですよということです。

ぶっちゃけ、中学3年生でそれだけ自分の生き方と向き合えるって、1つの才能です。あなたの爪の垢を煎じて飲ませたい大人は世間にゴマンといます。だから自信を持てとは言いませんが、人生まだまだこれからですよ。ホントに。

じゃあどんな風に生きるのが善いことか?仏教はそれを説き、実践する教えです…が、残念ながら世の中は「虫を殺した時点で地獄確定」とかツマランことを言って悦に浸るまがい者であふれております。ネットだけじゃなくて本屋さんにまでクダランこと書き殴った本があふれておるから厄介です。じゃあどうやって情報を選ぶかというと、それは大学で習い訓練を受けることなんですよね…

できれば実際にお寺の行事に参加し、お坊さんと会って教わるのがベストです。難しければとりあえずhasunoha読み漁ってみて下さい。

大丈夫、そういう風に悩むことができる人は地獄に堕ちない。

もしもご両親から虐待を受けているかも?と感じたら、そっち方面をググってしかるべき所でご相談ください。

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おきもち

曹洞宗副住職。タイ系上座部仏教短期出家(捨戒済み)。仮面系お坊さんYouT...
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「地獄」はどんな世界でどこにあるか?

あなたが叩かれながら教育をされてきた事は当然ではありません。それは虐待の可能性があります。
「毒親」「児童虐待」などでググったり、可能であれば最寄りの児童相談所で「子どもの権利ノート」をもらって読んでみましょう。あるいは「日本一醜い親への手紙 そんな親なら捨てちゃえば?」などの書籍もオススメです。一度ご自身の生育環境について客観的な視点から見つめ直してみましょう。
あなたが両親にやり返そうと暴言や暴力をしてしまうのは愛を求めているからではないでしょうか?あなたを認めて欲しい、受け止めて欲しい、無条件に受け入れて愛してほしいからではないでしょうか?
そんなあなたが地獄に落ちるとは私は思いません。

地獄に落ちる・落ちないという話が出ましたが、ではあなたの周りに天国にいけそうな人はいますか?あなたに暴力をふるったお父さんは天国に行けそうですか?それをとめられないお母さんは天国にいけそうですか?社会にあふれる見て見ぬふりをする人々は天国にいけそうですか?
なんだか怪しいですね。もし天国にいけても誰もいなくて一人ぼっちかもしれませんね。そこはたとえ罰が無くて楽でも孤独で寂しい世界かもしれませんね。

逆に地獄に行ったら、たとえ罰が苦しくてもみんながいて、一緒に支え合えれば罰も罰でなく感じるあたたかな世界かもしれません。

こう考えると私たちが天国・地獄と思う世界は逆なのかもしれませんね。

さて、どうせ地獄に落ちるなら人生なんかどうでもいい気がしますとのことですが、それは「どうせウンコになるから物を食べたって意味がない」と言っているようなものです。ウンコになるとわかっていても、「今」食べたいから食べるでしょう。

人間には「今」しかありません。人生がどうでもいいとあなたが感じてしまうのは地獄に落ちそうだからではなく、「今」がどうでもいいと感じてしまうからではないでしょうか?

ですから天国も地獄も「今」にしかありません。この「今」、孤独な世界に閉じこもったり、押し込められたりと地獄のような世界を生きるのか、たとえ苦しい「今」でも皆と支え合えあいそれぞれの尊厳を認め合って天国のような世界を生きられるのか、という問題です。

まずはあなたの「今」がどのような状況か、あなたが閉じ込められた世界からでなく、より広い世界から見て知りましょう。

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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生...
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