お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

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煩悩の種類と意味、三毒【煩悩退散!まとめ75例】

思い通りにいかないから苦しくなる、求めるから辛くなる、それが煩悩というもの。私たちは煩悩の使い方をうまく知らないため、煩悩に振り回され、たくさんの悩みを抱えながら生きています。もしも、煩悩とうまく付き合うことができれば、もっと楽に生きられるかもしれませんね。

そこで今回は、たくさんの人の悩みを聞いていらっしゃるhasunohaのお坊さん方から煩悩の意味やその付き合い方を学んでみましょう。

煩悩とは何か

煩悩とは、恨みや嫉妬、後悔、怒りなどで私たちの心を苦しく悩ませるものをいいます。

「ひどいことをしたあの人が許せない」という怒りや「過去の失敗を悔やんでいる」「子供の将来が心配」といった過去や未来に囚われ過ぎるのも煩悩。

「歳をとりたくない」「欲しいものがあるがお金がない」「好きな人に好きになってもらえない」など現実を受け入れることができないのも煩悩。

煩悩は、欲望や執着を生みだし、物事を正しく判断できなくなるため心が苦しくなるのだとお坊さん方はおっしゃっています。

なぜ煩悩が起こるのか

なぜ煩悩が起こるのでしょう。

私たちがはじめに「こうなりたい、こうありたい」と自然に思う気持ちは煩悩ではありません。

ただそこに「もっと欲しい、もっと」という欲望や、現実の自分を認められず「欲を満たさなければ幸せになれない」というような妄想が生まれると煩悩になります。

そして煩悩が生まれると、欲望を満たすことだけを考えたり、執着したり。心は不安や怒りを勝手に作りだし、それがストレスとなって私たちの心や体を苦しめます。つまり自分の煩悩のせいで地獄のような苦しみを感じてしまうのです。

煩悩の種類

人間の煩悩は108だといわれていますが、そのなかでも、「貪(とん)、瞋(しん)、痴(ち)」の3つは「三毒」として人の心を毒する根本的な煩悩だとお坊さん方はおっしゃいます。

三毒 「貪・瞋・痴」

貪(とん)とは、欲望のこと。際限なく欲しがり、お金や物、性などをむさぼり求めること。

瞋(しん)とは、自己中心的な怒り。腹を立てたり、キレたり、他人を羨んだりすること。欲が深ければ深いほど、怒りは大きくなります。

痴(ち)とは、愚かなこと。物事を正しく見たり判断したりできないこと。愚痴。

「プライド・怠け」も煩悩

また、自分はすばらしいと思ったり、他人と比べて評価を気にしたり、過去の自分や理想の自分と比べたりする「プライド」の煩悩や、

他人に理解してもらうのを面倒に感じたり、手を抜いたりする「怠け」の煩悩なども、悩みや苦しみ、失敗の原因になるといわれています。

こういった煩悩は、心を野放しにしていれば誰にでも起こりうるため、煩悩との向き合い方を知らなければ、悩みや苦しみの多い人生になってしまうのです。

煩悩に向き合う

hasunohaへ寄せられる相談の中には、煩悩を断ちたいとおっしゃる方も多くいますが、そもそも欲望は、人間が生きるための本能のエネルギー。食欲、睡眠欲、性欲、など生きていくには欠かすことはできません。

では煩悩とどのように向き合えばよいのでしょうか。

お坊さん方は、煩悩を無理に抑えるのではなく、コントロールしてみましょうとおっしゃっています。欲や怒り、悲しみ、嫉妬など人生の悩みや苦しみを増やす悪い感情は、人間の理性と判断で回避できるというのです。

それにはまず、どんなことが起きてもそのままを受け入れること。たとえば、認められたいという欲が生まれたら、そんな自分をそのまま認めてあげる。人生は思うようにならないと思ったら、そういうものだと腹をくくる。肯定も否定もせず、ただありのままの事実を受け入れることが大事だといいます。

また、妄想や雑念に囚われそうになったら、「私が自分で勝手に考えているだけ」と妄想にストップをかけて「煩悩は悩み苦しみの原因だ」と心の中で念じることも一つの方法です。

このように毎日湧き上がる心を注意深く観察していけば、自分が何に対して欲望や執着を抱いているのか見えてくるのかもしれませんね。

煩悩とともにどう生きるべきか

もしこの世が自分だけだとしたら、まわりと比べたりせず、苦しみも生まれないのもしれません。しかしこの世で生きていく限り、煩悩はずっと私たちの心について回るのです。

では煩悩とともにどう生きていけばよいのでしょうか。

煩悩、つまり欲望は苦の大元とされていますが、私たちの心に湧き上がる欲望がすべて悪いわけではありません。たとえば「人の役に立ちたい」という思い(欲望)そのものは煩悩ではなく、「よく思われたい」「お礼の言葉がないと腹立たしく思う」それが煩悩になるのです。

このように欲望には善いものと悪いものがあり、悪い欲に振り回されると毒にもなりますが、善い欲を実行すれば薬にもなります。

自分をよくしよう、向上させようという「善い欲望」をうまく活かせば生きる糧となり、人生に彩りを添えてくれるものだとお坊さん方は教えてくださいました。

お坊さんに聞く日常で起こる煩悩の使い方【75例】

お坊さんがこたえるQ&Aサイトhasunohaには、これまで煩悩で苦しむ多くの方からたくさんの相談が寄せられてきました。

日常生活で起こる煩悩への疑問や、煩悩との向き合い方についてお坊さんの言葉を読んでみましょう。

煩悩を知る・これって煩悩?

煩悩とは「苦」の根源

Q:煩悩とはなんですか?わかりやすく簡単に教えてください。


A:苦の根源です。なぜ苦しむのか、それは煩悩によって真実が見えなくなり、ものの見方が狂っているからです。移り変わるものを永遠と信じ、欲を満たすことを幸せと考え、ありもしない「私」に執着するからです。煩悩とは、私たちをわずらわせ、悩ませ、苦しめる不善の働きのことをいいます。

元の問答:煩悩とは何ですか?

お坊さんも人間です。煩悩あります

Q:お坊さんは怒ったり、嫉妬したり、誰かを嫌いになったり、めんどくさくなったり、悲しくなったり、頑固になったりするのでしょうか。


A:はい。お坊さんも人間ですから当然煩悩を持ちます。でも、煩悩を煩悩と知ることで、煩悩と上手に付き合う道を求めることができます。煩悩こそ、私をこの瞬間瞬間に成立せしめる私自身なのだと受け止めると視点は変わります。

元の問答:お坊さんは煩悩を持ちますか?     

煩悩=欲望ではありません

Q:「女性とお付き合いしたい」「癒されたい」「寂しいから逃れたい」なども煩悩ですか?そういった感情・欲求が激しい状態で非常に悩まされています。


A:それは煩悩ではなく心情です。そういう欲求です。純粋なものですよ。そう知ることが「理性」です。「煩悩」=「欲望」ではありません。なぜなら欲望はエネルギーだからです。何でもかんでも煩悩にしてはいけません。

元の問答:煩悩

野心=煩悩ではない

Q:煩悩って除夜の鐘で叩くのもあって、持っていてはいけないものというように教えられた感じがするのですが、野心を持って上に行きたいということはだめなのでしょうか?


A:人間の本分の「あるべきよう」から離れて、オレが、俺の為に…、というエゴ野心に生きた結果、自分を苦しめる心の働きとして付随するものが煩悩です。つまり野心の中身こそ重要です。

元の問答:林真理子の「野心のすすめ」を読んで

煩悩とは「わずらう なやみ」

Q:洋服を着飾り少しでもよく見せたい、子供をどこかの遊び場に連れて行き喜ぶ顔をみてみたい、というのは煩悩のあらわれなのでしょうか。


A:煩悩とは字のごとく「わずらい なやみ」です。 ああ、これは煩悩だろうかと 自分を責める行為の方が煩悩でしょうに(^

元の問答:慢の煩悩でしょうか

お坊さんは性欲を断っているのですか?

Q:お坊さんの性欲は煩悩に入らないのでしょうか?


A:お坊さんも、会社員も、国会議員も、電車やバスの運転手もみーんな同じ人間。誰もにも備わる性欲をいけないものとして決めつけ、排除しようとすると、そこに苦しみが生まれます。つまりは煩悩。邪魔にしなければ良いのです。

元の問答:お坊さんについて

煩悩は自我意識から生まれる

Q:座禅をしながら自分の反省点を浮かべては、あぁ、ここが悪いから煩悩だ。と悪い点を思い浮かべ捨てるようなイメージ。果たしてこんな感じの座禅でよろしいのでしょうか。


A:思いというのは出てきた時点では煩悩ではありません。物事を自分に都合よく、思い通りに運ばせようとする自我意識こそが原因です。沸き起こる思いを〝ウォッチ〞(観察)して、とりつかない禅修行、煩悩ウォッチをしてみましょう。

元の問答:座禅について

修行しているお坊さんに煩悩はあるのか

Q:お坊さんの煩悩とは何ですか?


A:最後まで残る煩悩の1つに「慢」という煩悩があります。簡単に言うと、プライドの煩悩。欲や怒りがなくなったかなりすごいお坊さんでも、プライドの欲は最後まで残るのです。心のどこかで自分の価値を気にしたり、自分を偉いと思ったり、逆に自分をダメダメだと卑下してしまうのです。

元の問答:お坊さんの煩悩とは何ですか?

悟り=無感情ではない

Q:もしもお坊様が目の前で愛する人が殺されてもそれは執着、煩悩、雑念と切り捨て悟りを開く無の境地になれますか?


A:私は、悟りとはあなたが考えているような「無の境地」だとは考えていません。大切な方が亡くなれば、真理体得者でも悲しい気持ちになると思います。一方で、その悲しみの感情と執着・煩悩・雑念は別物と思います。なかなかそこまでいかないですけどね。

元の問答:執着、煩悩、雑念

浄土は煩悩から解放されています

Q:5年目の命日の翌日である今朝、夫が夢に出てきました。歯が痛いので歯医者に行くと言っていなくなります。私の中に辛い想い出として残っている意識が問題なのでしょうか?


A:今でも夢で、会えるのですね。 何かメッセージのように、あなたには映ると思います。無意識に、あなたがご主人を想っているからでしょう。阿弥陀仏の浄土は、煩悩から解放された極楽世界。阿弥陀さまが、そのようにお救いくださるからなのです。

元の問答:亡き夫の夢

認定の心が煩悩を生む

Q:普通って何なのでしょうね。風邪は普通。うつは異常。何にも後ろ指さされることしてないのに


A:お釈迦さまは「普通でいなさい」とは言いませんでした。「あえて逆を張りなさい」とも言いませんでした。「普通だとか異常だとか評価する、その認定の心そのものをやめなさい」と言いました。

元の問答:普通

悟りとは煩悩が消えること

Q:悟りたいと思うこと自体が煩悩ではありませんか?


A:煩悩とは、心にある悩み苦しみの原因となるはたらきです。仏教が目指す悟りとは、煩悩が消えることです。我々生き物は、先天的に「勘違い」を抱えています。それを煩悩と言います。勘違いから脱却して真実に気付くことが悟りだとも言えます。

元の問答:悟りを開こうとする事自体、煩悩ではありませんか?

誓願=煩悩ではない

Q:人々を救おうとする考え自体も煩悩なのではないのですか?お釈迦様はまた人間界に戻って人々を救おうとしてるのはなぜですか?


A:煩悩=苦しみで、お釈迦様の決意は苦しみではありませんからそもそも煩悩ではありません。お釈迦様はそもそも煩悩で我々を導くという気持ちになっているのではなく、お釈迦様の誓願はただひたすらに私達を導く為に向けられております。 

元の問答:仏教徒に対する疑問パート2

煩悩を断つことはできますか?

苦痛の我慢で煩悩が消えるわけではない

Q:人生は修行=苦痛を受けないと意味がありませんか? その場合、嘘無く自分で苦痛だと思うレベルにしなければなりませんか?


A:仏教は、悩み苦しみを減らすための教えです。 悩み苦しみをなくすためには、煩悩をなくす方が良いのです。 目的や手段が適切でなければ悩み苦しみの軽減につながりません。 

元の問答:修行について

煩悩すら気にしない

Q:欲や渇愛への執着が煩悩になると考えています。しかし執着はすべてのものにくっつきやすいため、すべてが煩悩になりうるのでしょうか。


A:これは煩悩、あれはセーフと1つ1つレッテルを貼る行為自体が苦の原因となります。ここ落とし穴です。だから本当に修行をしている人は「今は精神統一できて良い状態にある」という評価をしません。ただやるだけです。

元の問答:滅するべき煩悩とはなんでしょうか

手を加え過ぎるから煩悩になる

Q:怒りや傲慢さを感じたときは、頭の中で「お前の悩みはお前のとこに帰れ。俺にふるな」と一喝したり蹴り飛ばしたりしています。煩悩との付き合い方は間違っていますか?


A:煩悩って元々煩悩じゃないんです。良い子だったのが親があれこれ押し付けたり、いじり過ぎたりして暴走族になったようなもの。ほっといても草木だって場所が良ければ素直に育つ。あなたがものを見て、聞いて、素直にそこで終われば煩悩ではありません。

元の問答:煩悩の消し方について

煩悩をなくすと無感情になるのか

Q:煩悩をなくすように努めると、喜怒哀楽などの感情も薄れるように思います。煩悩と感情は同じものなのでしょうか。


A:煩悩は「なくす」ではなく「コントロールする」という意味です。人間である限りお釈迦様ですら煩悩をなくすことはできません。ただコントロールをして心を表に出さないだけなのです。煩悩をコントロールできれば感情は薄くなるどころかさらに豊かになり、人間を幸せに導くのです。

元の問答:煩悩とは

身近な人への愛情は煩悩か

Q:仏教は「お釈迦さまが妻や子を捨てて出家した」というエピソードがあるためか、身近な人への愛情も「煩悩」のうちで、振り払うべきものとしているイメージが何となくあります。


A:お釈迦様が出家をされ得たサトリは「社会性」です。人や自然に敬意を払い、成仏の種が宿っていると礼拝する。なので仏教では身近な人への愛情、慈しみや哀れみの心についてとても大事なものとして捉えてますよ。

元の問答:身近な人への愛情=煩悩??

煩悩は捨てられない

Q:私は生きることは苦であるということを徹底的に思い知ってしまっため、子供を産もうと思いません。煩悩を捨てる、お釈迦様の道を歩みたいです。


A:煩悩は捨てる必要もないことです。捨てようとした時点で執着してしまい握り絞めることになります。思ったらそのまま。つかむこともなく手放しで。

元の問答:子供を産むことについて

髪を剃るのは煩悩を断ち切る誓願の行

Q:お坊さんの頭は石鹸(ボディソープ)で洗いますか?髪の毛がなくてもシャンプーで洗いますか?


A:髪を剃る理由は、永く煩悩、欲愛、執着を断ち切っていこうとする誓願の行です。剃る度にきちんと誓願をもってそれを行ずることで、ブレーキになっていくのでしょう。ですから、誓願なくただ剃るだけでは単なるファッションに過ぎません。

元の問答:お坊さんは坊主頭で髪の毛がありませんが

欲から生まれる煩悩「貪」

自分のことをもっとよく知りたいは煩悩?

Q:自分のことをもっとよく知りたい、必要以上に他人に依存しすぎない自分になりたい、という執着は、仏教の教えに反するものではないでしょうか。


A:自分を知りたいと思うのであれば、柔軟であることかなとも、思います。出遇うものを、素直に受け入れたり、その中で生まれる気づきや感情に敏感でいたい。周りにあるさまざまなものへ柔軟に目を向けてみるのも、また違った自分の発見になるかもしれませんよ。

元の問答:自分を知りたいという執着

知識欲を求めるのは煩悩?

Q:お金も地位も名誉も何も興味は持てませんが、知識欲がどうしても抑えきれません。知識欲は煩悩なのでしょうか。


A:知識を習得しても自分の中で満足に終えたり、他人にひけらかしたりするようでは煩悩と言えます。しかし得た知識によってあなた自身が変わり、他人に良い影響を与えたりすることができれば、それは仏教の見方からすれば素晴らしいことだと思います。

元の問答:知識欲も煩悩ですか?

名声を求めるのは煩悩?

Q:中高とエリートコースに乗り、大学も旧帝大を卒業しました。しかし、24歳のとき大病を患い将来のエリートコースが途絶えました。過去のエリートコースに乗っていた自分と比べて、今の自分があまりにもみじめで嫌になります。


A:「欲望」は人生を楽しくもしますし、生きる喜びも感じますが、その欲望はひとたび道を求めた時に煩悩となります。過去と比べてみじめになるも自由、これからまた違う方面で名声を求めてやるぜ!と生き甲斐を見出していくも自由。他と比べないあなた自身のエリートコースを歩んでください。

元の問答:名声を求めてしまうのは煩悩ですか?

女性への性欲が捨てきれない煩悩

Q:すでに結婚して子供ももうじき生まれ、幸せを感じているはずなのに女性への性欲が捨てきれません。


A:あなたはもうすでに幸せなはずなのに、それをすべてぶちこわし、かつ家族をも傷つけるような欲にとらわれています。その煩悩のおさえかたは、「違う女性と関係を持てた時の悦び」よりも、「いまの家族を失う悲しみ」を強く想像することでしょうか。

元の問答:執着を捨てたいです

「人の役に立ちたい」思いも煩悩?

Q:「人の役に立ちたい」「優しくなりたい」も欲のうちに入りますか?


A:人の役に立ちたいという思いもそれが純粋であれば欲ではないでしょう。しかし人に感謝されたいという思いや、自分をよく見せようとする気持ちが入ると途端に濁ります。困っている人がいれば「ただ手を差し伸べる」これが善悪を超えるということ。

元の問答:煩悩

ダイエットも食欲も「中道」

Q:今ダイエット中なのに食欲の煩悩が強くて困っています。


A:ダイエットも無理しすぎてしまうと、かえってストレスや余計なマイナスになりかねないためバランスが大切となります。ルールだけ設けるのではなくて、目標、達成した時のご褒美も用意すると良いのではないか存じております。

元の問答:食欲の煩悩

BL好きがやめられない煩悩に

Q:お恥ずかしい事なのですが…私は「ボーイズラブ」いわゆる男性同士の恋愛を描いた作品が好きです。人に自分が腐女子だとは言えません。でも、腐女子はやめようと思ってやめられるものではないのです。私はこのまま自分に正直に生きて良いのでしょうか。


A:我々のご先祖さまは同性、ロリ、タコ、幽霊、異次元ファンタジー…なんでも取りそろえています。堂々とすればよろしいとは口が裂けても言えませんが、後ろめたく思わず、上手く立ち回って下さい。そう、二重カッコで強調して繰り返します。『上手く立ち回って下さい』。

元の問答:10代の自分の煩悩について

愛は煩悩?

Q:随分前から好きな教師がいます。全ての始まりが恋愛という煩悩から始まっていると思うのです。


A:仏教で「愛は煩悩」というのは、そこに自分の思い通りにしたいというわがままが入るからです。思い通りにならないと苦しくなり、結果、辛い思いをすることになります。

元の問答:仏教との出会いについて

人を好きになるときの煩悩

Q:ある人から優しくされ、好きになってしまいました。しかし、告白し恋敗れた時に会社に居づらくなってしまうのが怖いのです。この煩悩を捨て去ってしまいたいです。


A:人を愛するという自然な心の働きは大事にしましょう。未だ起きていない事を今の時点で思い巡らし心ここにあらず、こっちだけが煩悩としておいてください。

元の問答:片思いをやめたい

恋人への未練という煩悩

Q:年上の彼の役に立てないのが辛く思いをぶつけてみたところ「今は整理がつかないので少し時間がほしい」と言われてしまいました。本心はそばにいたいのですが、未練がましい気持ちを伝えるのは自分本位なのでしょうか。


A:一期一会とは、一生の中で今日は出会えたが明日は互いに何があるかわらない諸行無常の世の中で、今この時のこの空間の出会いに思いを込めて接すること。後悔するより今の自分の心で伝えることです!後悔しない生き方をするためには今をただ懸命に生きることです。

元の問答:煩悩だらけです。

色欲の中毒煩悩

Q:妻とはセックスレスですが、知り合いの女友達を意識してしまい、なんとか関係を持ちたい、身体に触れたい、もっと触れてほしいと浮かんでくるのは肉欲のみ。強引に関係を迫って犯罪を犯す気はありませんが、自分の中でおさえている気持ちがパンクしそうです。


A:色欲から離れるために彼女とは距離を置きましょう。ヒトは適応する生き物です。いつか必ず彼女を意識しない状態に適応します。その時が来るのを信じて、辛抱強く、耐え忍びましょう。その辛さが正しいことをしている証拠です。

元の問答:色欲、生理的な煩悩はどうすればよいでしょうか……

昇進を気にするのは煩悩?

Q:同期や周りが昇進する中、会社で一人資格試験に合格しても昇進がありません。今後、昇進がないことが予想されるため仕事のモチベーションがあがりません。


A:昇進するしないに関わらず、気分よく真面目に仕事に行けて、生活に困らない収入が得られればそれでよいと、頭では理解されているのですね。 昇進を気にするのは、プライドの煩悩があるからです。 自分の価値を気にする、他人と比べる、そのような感情は煩悩です。 

元の問答:会社での昇進について

友達が欲しい煩悩

Q:おばあちゃんになっても仲良しでいられるような友達欲しいです。


A:あなたを苦しめているのは、友達を作りたいという煩悩ではないかと思うのです。その煩悩を断ち切らない限り友達などはできません。

元の問答:友達って、なんだろう

生きたい「有愛」、死にたい「無有愛」の煩悩

Q:すぐに死ぬことを考えてしまって困っています。「私はいるだけで迷惑だからいないほうがいい」「出来損ないだから私は最低」「だから死ななきゃいけない、とにかく早く死ななければならない」と、考えてしまいます。


A:生きていきたいというのは生存欲(有愛)という煩悩だし、死にたいというのは生存を否定する欲(無有愛)という煩悩です。あなたに必要なのは自分に微笑むこと。やさしいまなざしを自分に向けてあげてください。

元の問答:生きていきたいのに自殺を考えてしまう

破壊衝動も煩悩

Q:ふとしたときに破壊衝動?にかられて困っています。どうすればこの衝動を抑えられるでしょうか。


A:破壊衝動は、仏教でいうところの「無有愛」といいます。 壊してしまいたい・死んでしまいたいも同じ種類で、煩悩の一種です。 煩悩の一種なら、理性と知識で制御できるんです。

元の問答:破壊衝動の抑え方

課金ガチャは煩悩

Q:アイドル育成ソーシャルゲームにはまって数年が経ちました。自分の推しアイドルがいわゆるガチャに登場したのですが、いくら金を積めどもガチャからそのアイドルをスカウト出来ませんでした。煩悩を捨てきった時に彼はガチャから出てきてくれますか?


A:私は課金ガチャは一切しません。それをしている時点で煩悩です。煩悩を捨ててガチャをするというのは矛盾です。

元の問答:ソシャゲやめたい

困っている人を助けたいは誓願

Q:大学生ですが今後は研究者に進み大学教員になるつもりです。しかし、世の中には食料に困る人もいれば戦争などで苦しむ人もいる。私が奮闘したところで多くを助けられません。世界の誰かが苦しむ中、私は数学の研究を続けてもよいのでしょうか。


A:「世界全体の幸福」は簡単に実現できないでしょう。しかしあなたは「人類全体に貢献する」という哲学を持っておられる。これは煩悩でも邪念でもありません。どうか今後もそのすばらしい誓願を持って研究を続けてください。

元の問答:どうすれば煩悩を断ち切ることができますか?

欲望と煩悩はちがいます

Q:もう消えたい、死にたいと思ったら…せっかく稼いだお金で、食べたい物は食べ尽くし、世界中旅行して、あれもこれもしたいと好奇心のおもむくまま忙しい日々を過ごしています。煩悩いっぱいのこのような生活はよいでしょうか?


A:欲望と煩悩は似て異なるもの。欲望を完全に失ってしまえば、誰しも生きる意味を失います。欲望をより良く生きるためのエネルギーとされているのは理想的な生き方の1つ。これからも好奇心を大切に、時に滅入ることがあっても前向きにお過ごしください。

元の問答:煩悩が捨てられません

欲を捨てたいのに邪魔する周りの人

Q:価値観を押し付ける相手に対してどのように対処すれば良いのですか? 


A:『周り』の方々の主張に苦しめられるということは、彼らも彼らなりの、実は同じ苦しみ、しんどさを抱えている、ということかもしれません。ぎりぎりどこまで「お互いさま」、と言えるかではないでしょうか。

元の問答:欲を捨てたいのに煩悩を押し付けてくる周り

善いことをしたいという煩悩?

Q:時々ムラムラっ!と性欲の様に善行がしたいと思う時があります。これはいけない事なのでしょうか。


A:ムラムラっ!と湧き上がってきたものは性欲ではなく「菩提心(ぼだいしん)」です。「善い事をしたい、規律ある生活をしたい」と思い、実践されるのもまた菩薩行。素晴らしいことだと思います。

元の問答:善い行いをしたい!というのは煩悩ですか??

他人の煩悩とどう向き合う?

Q:相手の悪の心?が煩悩のせいだとはなかなか思えなかったりします。かといって相手を変える事はできないし、自分だけが相手の全てを受け入れるような事も難しい。


A:仰るとおり、人は変えられません。どんなに頑張っても、合わない人とは会わない。無理なものは無理だから、仕方ないなとあきらめてしまって、お互いに傷つかない距離を保つことも必要だと思います。

元の問答:人の煩悩を

煩悩から人生の支えへ

Q:経本の内容や意味も細かく知りたいと思うようになり詳しくお話し聴きたいです。いつもではないですがとても気になり頭から離れません。これも煩悩。(?)


A:煩悩の事を「良くない事」とするのは、その煩悩が「執着」となり、苦しむ事につながってしまうからです。でも、自分が「勉強したい!」「悟りを得たい!」「頑張りたい!」と本気で思い、それに向かって前進する事は、人生の支えとなる事です。 

元の問答:聞きたいです

怒りから生まれる煩悩「瞋」

他人を裁く心の煩悩

Q:いい人間が損をする。欲深い人間は幸せそうです。こいつらが裁かれないならわたしも欲のまま生きてみたいと思います。


A:人は一生、自分を生きる事しかできません。人がどう生きているかは関係ありません。そこに裁きをどうのこうのとうのは、あなた自身があなた自身を苦しめる煩悩そのもの。

元の問答:人間とはなにか?

LGBT差別の怒り

Q:ゲイです。最近LGBTの存在が広く知られるようになり楽しいことも増えましたが、酷い差別も目立ってきました。差別をしてくる人間に対し菩薩のように接することができません。仏教では差別に対する怒りも煩悩であり、消さなければならないのでしょうか?


A:人の決めたラベルや人の決めつける差別心に染まらない生き方があります。差別は差別する人の側の問題なのです。こちらがそれに屈せず、より高い人間性に目覚め、相手の差別心もゆるして、より高い人間性に導く心を菩提心と言います。相手も自分も高める生き方をいたしましょう。

元の問答:LGBT差別に腹を立てることも煩悩なのか?

介護で湧き上がる怒り

Q:認知症の父の介護をするようになり、母の負担が軽くなればと仕事をやめて家にいますが、仕事をしていない負い目と自分を認めて欲しい思いが強く、人とのつきあいも億劫に。自分が決めたことですが、妬み、ひがみ、怒り、恨み、その煩悩の激しさで毎日がつらいです。


A:自分で決めた介護でも怠けたいときがあって当然。世間や身内から認めてもらいたいプライドもあって当然。お互いの感情を労い認めてもらいたいプライドもあって当然です。もし世間の人が誰も認めてくれなくても、仏様だけはあなたの煩悩を慈しんでくれます。自分を責めすぎず、他人も責めすぎず穏やかに暮らせればいいですね。

元の問答:介護きっかけで湧きあがってきた煩悩につぶされそうです

心の中で毒づいてしまう

Q:素直に日頃の感謝の言葉をお伝えしたいのに、お寺や神社を詣でている最中に妄想をしてしまい集中できません。時にはひどい言葉が頭に浮かびます。また日常でも嫌なことがあると心の中でひどい言葉を言い、八つ当たりをしてしまいます。


A:心というのはなかなか思い通りにならないもの。まずは、正しい行いと言葉を保つように努力しましょう。そうすれば自然に心も正しい方向に向かうと思いますよ。

元の問答:煩悩

人間関係の怒り

Q:仕事の相談でメールや電話をしても無視をするくせに、私のメールの返信が少し遅いと残念な人だと言われます。失礼です。そう腹が立つのは煩悩やエゴがあるからでしょうか。


A:過去は過ぎ去りもう無い。未来はまだ無い。明日はどうなるかわからない。だから、あるのは今日1日だけ。エゴや煩悩で腹を立てた昨日も、もう無い。今日を平安に過ごしましょう。

元の問答:煩悩とエゴ

お坊さんも怒りの煩悩が湧きます

Q:僧侶の先生方も、怒ったり恨んだり、悩み苦しんだりすることはあるのでしょうか?


A:それに振り回されることは少なくなったのかも知れませんが、 腹を立てたり、怒ったり、恨んだり、妬み嫉みの気持ちは 相変わらず湧いてきます。

元の問答:僧侶の皆様でも

職場で許せない人への怒り

Q:職場でゴミ見たいな態度の人がいます。他者への尊敬がない、格下だと思うと見下す、自己利益しか考えない、ズル、攻撃的。


A:あなたが他人を憎んでいるとき、憎しみのストレスで苦しんでいるのはあなた自身です。相手は痛くもかゆくもありません。あなた自身が憎しみを手放す必要があります。たとえるなら、トゲトゲのイガグリを握っているようなものです。 

元の問答:他人が憎い時はどうすれば良いでしょうか?

パパラッチや週刊誌への怒り

Q:女性週刊誌のカメラマンや、パパラッチのように、人の秘密を暴いてそれをお金にする職業の方は、どのような業をせおっているのですか?


A:怒りは悩み苦しみの原因ですから、パパラッチなどに対して怒るのもまた、煩悩なのです。 パパラッチなどはダメな奴らで、自分はそれらの人より優れている、などというプライドもまた煩悩なので、それも自分の悩み苦しみを増やす感情と言えます。

元の問答:人の秘密を暴く職業の方は、どのような業をせおうのですか?

怒りは猛毒

Q:すぐにいらいらしてしまい、後で後悔する日々です。こんな自分の生活が嫌になってしまいます。


A:怒りを煩悩って思ったことはありますか? 仏教では瞋恚(しんに)と呼ぶ猛毒なんですよ。イライラを「性格」の一言で片付けてしまうと話が進みませんが、イライラの感情をなくすのではなく、振り回されないようにしていくことが大切です。 

元の問答:自分の性格が嫌になります

他人と比較してしまうプライドの煩悩

Q:成長を続ける元友達。10年以上続けた仕事をやめて求職中で、停滞中のわたし。醜い考えだと思いながら、私より幸せになっている事が許せません。


A:自分の価値を気にし、そのために自分を他人と比べたり、過去の自分や理想の自分と比較したくなる。 そのような気持ちは誰にでもありますが、 それはプライドの煩悩です。

元の問答:人と比較してしまって、苦しい心を解放するには

他人をうらやむことは嫉の煩悩

Q:福沢諭吉さんの有名な言葉の中で「世の中で一番みにくい事は他人の生活をうらやむ事です」 
というのがありますが、久しぶりにこの言葉に遭遇して、ハッと我に返りました。 


A:仏教においては「煩悩」と「煩悩による悪業(悪い行為)」と言えるでしょう。「うらやむ事」 は、「煩悩」における「嫉(嫉妬)」となります。

元の問答:世の中で一番醜い事は

無知から生まれる煩悩「痴」

自分自身の煩悩に気づくことが第一歩

Q:相談サイトに質問した内容から個人を特定され、数年経った今でも差別が解消されません。どこにも逃げ場がない感覚、地域の偏見や差別意識、とにかく「疲れた」の一言です。


A:あなたが悩み苦しみを抱えているということは、そこに煩悩がある証です。もしも煩悩がなかったら、他人からどう思われようが、何を言われようが、平気へっちゃらで気にせずに暮らしているでしょう。まずは自身の煩悩に気づくことが、悩み苦しみを制御するコツです。

元の問答:周囲に差別されてると思う悩みって煩悩ですか?

人を救いたいならまず仏になる

Q:人を救いたい、苦から解放されたいと願うことこそ人智を超えた最大の煩悩の気がしてきてしまいました。


A:自分が仏になっていないのに他を仏にしようという話はかなり無理が生じてきます。幼稚園児が同級生に東大合格させるようなもので、自分も悟りの境地を知らないのに他を悟らせることは困難です。他を救いたいと考えるならば自分が仏になることをまず考えなければいけません。

元の問答:信ずるものの矛盾について

「生きることはすばらしい」煩悩

Q:自分は何者なのかと漠然と考えてしまいます。これは煩悩なのでしょうか。幸せにうもれで没個性になっているような感じです。


A:生きることはすばらしい、自分はすばらしい、というのは煩悩なのです。生きることの価値や、自分の存在意義など、初めからないのです。ないものを創ろうとすると悩み苦しみます。 

元の問答:幸せな中で、自分は何者なのかと漠然と考えてしまいます。

お坊さんも人の子

Q:先日、告別式がありました。一人のお坊さんが出棺のときに自分の白いスポーツカーに乗ったまま、タバコをぷかーとしてました。お坊さんは物欲とか煩悩を超越した存在でいてほしいと思うのは僕の思い込みでしょうか?


A:お坊さんも本当に色々な方がいます。全員が全員そういった方だけではないですが。中にはそんな方もいるのでしょう。同じお坊さんとしては、少し悲しい話ですね。

元の問答:お坊さんと煩悩

疑いも煩悩

Q:自分が騙されやすいということと、自分がポルノ作品を過去に見てしまったこと、そして事件等のせいで、この世の全てを疑わないと生き延びられないように感じるようになってしまいました。


A:人を疑うときに働いている煩悩とは、どんな心持ちでしょうか?まずは、怒りです。次に、怠けです。 ちゃんと調べて確かめたら、疑いは晴れるかもしれません。次に、愚かさです。私達は愚かだから判断できず、とりあえず疑っておけ、となるのです。

元の問答:疑心暗鬼は仏教的にタブーか?

人間も動物も煩悩から争う

Q:世の中には、たくさんの素晴らしい宗教と、たくさんの素晴らしい神様・仏様がいらっしゃるのに、何故、(宗教対立も含め)戦争はなくならないでしょうか?


A:猫のオスは、子連れのメスをみつけたら、メスが連れている子供達を殺します。子連れのメスは発情しないので、オスがメスと交尾するためには、メスが連れている子供(他のオスの子供)を殺す必要があるのです。人間も動物も、煩悩があるから争います。

元の問答:何故、戦争は繰り返されるのでしょうか?

来世は男になりたい

Q:来世は男に生まれてみたいという煩悩があります。男女どちらが有利・不利かは両者を経験した者にしかわかりませんし、性別が男女しかないと思うのは無知、偏見、差別かもしれません。それなのに私の頭にムダな煩悩が浮かびます。


A:私達の心は様々な煩悩が渦巻き、一か所に静かにとどまるのは難しいもの。これから生きて行く中でまた新たな迷いや煩悩が数限りなく心に湧いてくるでしょう。じっくりと見つめながら人生をしっかり生きていってください。その中で必ず成長なさっていかれます。

元の問答:アカウントの『私の煩悩:」の変更

妄想で苦しくなる

Q:先が見え現実が安定すると前向きになり、停滞していると過去の悩みを引きずりだしよくない妄想で動けず寝込んでしまいます。どうしたらずっと前向きになれるのでしょうか?


A:自分の想定範囲内である将来が見えると心は安定しますが、先が見えるというのは妄想です。安定したり不安になったりすべて自分が作りだしています。過ぎ去ったことは関係ありません。すべてがこれからの事。過去は現在の自分を作り、現在の自分が未来の自分を作れるのです。

元の問答:煩悩(妄想、悩み)

写経の時間が幸福ならばそれが功徳

Q:写経の日付を間違えて提出しました。後悔と願い事が叶わないかもしれない不安で幸福感がなくなってしまいました。


A:日付の訂正方法で写経の功徳が無効になってしまうような事はありません。それに、写経をしている時間は有意義で幸福なものだったでしょう?もうそれがそのまま功徳なのだと思います。

元の問答:写経について(文字を間違えてしまいました)、そして煩悩

煩悩ある人生をどう過ごすか

煩悩をうまく生かせば実り多き人生に

Q:生きていくなかで貪欲や煩悩とうまく付き合っていくためにどう過ごしたらよいでしょうか。


A:煩悩に悩まされる人間はあなただけではなく、私もです。生身の人間にとって煩悩を消し去ることはできません。無理に消そうとするのではなく、どうしたら活用できるかを考えてみてください。上手く生かせば生きる糧となり人生に彩りを添えます。

元の問答:貪欲 ひととして …煩悩とは

煩悩をうまく使う

Q:どうしても欲深い煩悩があることが苦しく感じます。


A:「煩悩をなくす」ということは死ぬことにほかありません。生命エネルギーである煩悩をどう上手く使うか?煩悩には善悪はないのです。上手く使えば生き生き人生になるし、間違った使い方をすると身の破滅になる。

元の問答:心はコントロールできるのですか?

他人から侮辱に煩悩的対処できるか

Q:ここ数年、新しく配属した職場の従業員や、外出先ですれ違う人に、差別的なことや侮辱的な言葉を言われることが多くなりました。


A:侮辱的な発言はすべてこれを発する人間の業である、執着であり、根底は自分自身のコンプレックスです。こうした発言に哀れみをもって接することができるのか、言葉の一つ一つに左右されて、動揺してしまうのか。

元の問答:他人からの攻撃にどのように対応すればよいでしょうか

煩悩をあるがままに受け入れること

Q:煩悩に悩まされず、悟るとはどういうことなのでしょうか。


A:あらゆるものごとをあるがままに受け入れること、決してとどまらずに固執しないこと、それが己の身体や周りのことであっても執着しないことかと思います。自分の中に湧き起こる感情や我欲にとらわれず執着しなければものごとも明確に見えてきます。その中で正しいこと、悪しきことの判断もできてくるのでは。

元の問答:煩悩

煩悩は無毒、煩悩即菩提の真意

Q:自分の欲、煩悩をコントロールする方法を教えてください。


A:怒りも恋心も悲しみもエロい事を考えてしまうのもの人間の持って生まれたもの。出てきた思いは、出てきてOKと思む。嫌わない、拒まない。直後に余計な取扱いをしないまま過ごす。そうすると何を思ったって人畜無害でおじゃる。

元の問答:煩悩のコントロール。

煩悩の身を引き受けて煩悩を活かす道を

Q:人生苦しむことなく、煩悩が芽生えることなく、膨らむことなく上手く生きている人はいますか?仏教を知るまで煩悩だと気づくことができず、煩悩だらけであった自分が恥ずかしくて、情けないです。


A:恥ずかしく、情けなく、辛く、苦しくとも真実に気づいたあり方にこそ本当の満足が開かれてくるのでは。煩悩はたしかに苦しみの元ではありますが、煩悩の身を引き受けて、煩悩を活かす道を。煩悩の身を楽しんで生きましょう。

元の問答:煩悩

あえて離れることで煩悩と向き合う

Q:欲や悩みに駆られた時でも自分の仕事に集中する良い手立てはないでしょうか? 


A:欲や悩みという煩悩は、無くなり消えるものではありませんので、目の前のものに上手く向き合えなくなるときは、もっと一心不乱にというより、あえてその場から離れてみる、ことをおすすめします。

元の問答:ふと我に返り悩む事があります。

諦めることで消える煩悩

Q:仏教には代表的な苦しみとして四苦(生、病、老、死)と八苦(愛別離苦、怨憎会苦、求不得苦、五蘊盛苦)があると知ったのですがそれらの苦しみを減らす、無くす方法がわかりません。


A:イソップの、「キツネとぶどう」という話があります。キツネはぶどうが欲しいのですが、高くて取れない。結局彼は、「あのぶどうは酸っぱいのだ。だから要らない」と去っていくのですが、ぶどうは何の悪さもしていません。彼の「欲しい」、その「思い通りにならなさ」が苦しみの原因なのです。 工夫して取れるなら、やってみれば良い。それでもダメなら、キッパリ諦める。すると苦しみが消える。煩悩を捨てたからです。

元の問答:少しでも苦しみを減らす、無くすには?

煩悩をコントロールする

Q:煩悩を少しでも無くすにはどうしたらいいですか? 


A:煩悩は生きるエネルギーなので、なくすと生きる気力もなくなってしまいます。煩悩をどうコントロールするかが、楽しく人生を生きるコツです。

元の問答:質問です。

煩悩を整える

Q:結局人の悩みってなんなのでしょうね?それがわかれば今悩んでることも、大したことないように思える気がしますが、わからないから悩んでるのでしょうか?


A:無限の煩悩がいっせいに起きるものではありません。煩悩が起きたら、そつ都度1つずつ煩悩を教えに従って調教していくところが大切です。煩悩を整える、悩みを整えるというふうにお考えになったらいかがでしょうか。

元の問答:人の悩みって

温暖化、長い目で見る姿勢も必要

Q:何故、もっともっと『地球温暖化』のことをちゃんと考えてこなかったのかと痛感している毎日です。地球温暖化をどう捉えていらっしゃいますか?


A:ここ何十年かで地球環境が明らかに急激に変わっていることはおそらく事実かと思います。それには人間が為した様々な考えや行いが影響しているかと思います。どうか慎重に且つ正確に積極的に為すべきことを為していって下さいね!

元の問答:光合成するペット(自然と煩悩)

自分と向き合い成長する

Q:私は今部活から飛び出して顔を出さずにいます。自分と向き合うために皆さんはどのような事をされているのでしょうか。


A:人間関係がうまくいかずに部活に行くことができなくなってしまいあなたは大変苦しんでおられることでしょう。あなた一人のせいでは全くありません。あなたはこの経験から考え学んでいます。どうかくよくよなさらずに前向きに取り組んでくださいね。

元の問答:私の煩悩について

仏教のゴールは「自由自在」

Q:煩悩を極力減らしていくこと、苦を滅することが仏教のお教えですか?


A:仏教のゴールは『自由』です。ただし、Freedomの訳語としての「自由」とは別物です。仏教の『自由』は『個も全も自由自在』のことです。目の前の一つ一つを全うすることが個と全を一つにして生きることです。日常の一つ一つを大切にすることで、この世界(仏)に我が身も心もお任せして生きるということが成されるのです。

元の問答:仏教が目指すゴールはなんですか?

今回は煩悩についてお坊さんの教えをまとめてみました。

私たちは、心に湧き上がる思いを1つ1つ観察し、自分勝手な妄想を繰り広げず、あるがままに受け入れることができれば、煩悩にまどわされず生きていくことができるのかもしれませんね。

かつて地域社会では欠かせない存在であったお寺のように、hasunohaにはいつでもお坊さんが迷う私たちを温かく迎え、心に寄り添い、よりよい道を教えてくださいます。

ぜひ悩みのある方をhasunohaへ心を打ち明けてみてはいかがでしょうか。

文・hasunoha編集部
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