秘仏
何故 秘仏って あるのですか
何の為に 何十年も ご開帳されないのですか?
秘仏の御開帳が終わった後に 知るので見た事なくて
ご開帳以外絶対開けないのですか?
ご自身のお寺様でも こっそりみたりしないのですか
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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ウチの本尊さまは秘仏です
何年か前に本尊さまの窃盗が問題になった時に、ちょっと開けて脚だけ拝見しました。ちゃんといらっしゃいました(笑)あと幕の交換の時に全身拝見しました。あとはご開帳の時だけですね。
なぜ秘仏か?リアルの法話でお話している内容なのであまり書きたくないのですが、触りだけ書くと『◯◯仏という個性ではなく、須弥壇(須弥山)という世界観で拝んで欲しい』というデザインになっているんだなと最近になって気付きました。
ウチの宗祖の道元禅師が「これは◯◯如来、あれは◯◯菩薩とか別物にして拝むんじゃないぞ。菩薩は悟ってないから格下で、如来は悟ってるから格上とか言っちゃダメだぞ。」っておっしゃってるんですね。
それとウチの須弥壇に特有の江戸期の飾りを合わせて考えると、『◯◯仏という個性ではなく、須弥壇(須弥山)という世界観で拝んで欲しい』というデザインになっているとしか見えなくなりました。
ただウチのは特殊な例だと思います。そもそも秘仏は密教に多いのですが、ウチは禅宗であまり秘仏が多くない宗派ですし。
一般の話としては、現代人のイメージでは仏菩薩とは優しいお母さんなイメージですね。でも、これは最近とは言いませんが比較的後世の感覚なんです。仏教が渡来してきたばかりの日本人の感覚では、『神さまってのは、恵みも下さるけど時に荒ぶるもんだ。』という感覚です。そのイメージを渡来してきた仏菩薩にも投影しています。
だから安珍・清姫伝説みたいに「荒ぶった蛇は実は観音菩薩の化身でした!」なんて物語があったりするわけです。現代でそんなラノベ書いたらアンチによる追及でエラいことになるでしょう。
大昔はそんな感覚ですから、用事のある時だけ起きてもらって、用事のない時は大人しく(荒ぶらないよう)眠っていて欲しかったわけですね。神社は今でもオール『秘仏』でしょう?そのイメージが忘れられ、作法だけ続いているのが秘仏です。
密教的な解釈ではまた違うかもしれません。『密』教というくらいですし。
質問者からのお礼
大慈様(^人^)おはようございます
御回答くださり有難うございます。秘仏 居て安心ですね。でも、あまりに長すぎて 私くしが見れる秘仏は
中々無いんです。だって60年に一度とか ですよ
あったら 開いて差し上げたいと思ってしまわない所が
皆様偉いですね。 全ての秘仏の仏様は本当に 貴重な
ものばかりだと思うので 大切になさって下さい、
秘仏はお写真はダメなのですよね?
いつもご開帳が終わってから 知るので、、、
いつかどこかの 秘仏が 運良く見れますよう
神社って 鏡だけでは無いのですか?
全く神社の事は わからないので 面白い事教えて頂き有難う御座います♪(๑ᴖ◡ᴖ๑)♪