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仏様・ご先祖様に守られているか

回答数回答 2
有り難し有り難し 32

お坊さんはご先祖様又は仏様に守られているなと感じることはありましたか?

いつも感謝の気持ちを持っていれば絶対に守ってくれますよね?

2019年8月17日 8:43

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

「守ってくれる」の内容は?

ご相談拝読しました。

仏様・ご先祖様が「守ってくれる」の内容はなんでしょうか?

もしもそれが無病息災・長寿延命・商売繁盛・学業成就・恋愛成就などに象徴されるような、

・(都合の)良いことをもたらしてくれる
・(都合の)悪い事を避けてくれる

というものならばそれは本来の仏教の信仰ではないと思います。

もちろん信教の自由がありますから仏教以外の信仰や、あるいは仏教を応用した個人の考えの信仰としてそういうものを期待することを否定するものではありません。

しかし、最初の仏様であった釈尊とは「真理に目覚めた人間」でしたし、ご先祖様は「人間としての命を終えていかれた方」でしょう。

超常能力があるわけではなですし、ましてやこちらの感謝に対し何かをもたらしてくれるというギブアンドテイクな存在でもありません。

仏様やご先祖様が守ってくれる内容とは、「私自身の姿が明らかになること」です。

何かのせいにしたり、自らを責めて傷ついたり…自分自身のとらわれから自ら苦しむ私たちの姿を明らかにしてくれることで、どんな苦しい縁の中にあってもそれを引き受けて立ち上がっていく力をくれるのが仏様やご先祖様があなたに出会ってほしいと願う仏教の救いです。

こちらの都合にあわせて守ってくれるのでなく、こちらの都合を超えていつでも「あなた自身に目覚めなさい」と願いはたらきかけてくださるのが仏様やご先祖様です。

2019年8月17日 10:49
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有り難し
おきもち

はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺に所属しており...

いついかなる時でもどこにいようとも

拝読させて頂きました。
あなたがどこにいようとも何をしていてもいくつになってもあなたのご先祖様方も神様も仏様もいつもあなたを優しく見守っていて下さいます。
あなたがお健やかに成長なさっているのを、善き行いをなさっていかれるのをあたたかく見守り導いて下さいますからね。
どうかこれからも様々な困難もあるでしょうし辛い思いも苦しいこともあるでしょうけれども、善き意志や行いを心がけてお健やかに成長なさって下さいね。
いついかなる時でもあなたは神仏やご先祖様方に見守られながら生きているのですからね。

ありがとうございます。あまり気負わずに素直なお気持ちでお健やかにお過ごしなさって下さいね。
あなたを心より応援させて頂きますね。合掌

2019年8月17日 21:36
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有り難し
おきもち

Kousyo Kuuyo Azuma
脱サラして9年が経ちました。栃木県佐野市の一向寺に勤めています。(佐野ラー...

質問者からのお礼

吉武文法さんご回答ありがとうございます🙇🏻🙇🏻🙇🏻

本来の信仰ではないのですね。。。自分は家庭円満を常にお祈りしていました。

仏様は立ち上がっていく力を与えてくださるのですね。感謝しなければならないことです。自分、色々と頑張る気になりました。ありがとうございます。

🙏

Kousyo Kuuyo Azumaさんいつもご回答ありがとうございます🙇🏻🙇🏻🙇🏻
この前、東好章さんのFacebookを拝見させて頂きました。

もちろん善い行いをちゃんとやっていますよ。人のためになることを自分から率先してやっています。過去の過ちを心から反省していますから、これからもずっと人のためになる善い事をやっていきます。

ありがとうございます🙇🏻🙇🏻🙇🏻今を大事に生きていきます。本当に神仏やご先祖様に感謝しています。
とても安心しました。

🙏

Kousyo Kuuyo Azumaさん追記のメッセージありがとうございます。

本当に感謝しています。ありがとうございます。頑張ります💪

🙏

「仏像・仏様・阿弥陀・観音」問答一覧

本尊とお唱えの対応関係

 こんにちは。当家の菩提寺は曹洞宗なのですが、「うちのお寺のご本尊は歴史的な経緯から阿弥陀如来なんですよ」と住職に聞きました(あまり大きくもないこともあり、それまで遠目にはわからなかったんです)。宗派の本尊と各寺院の本尊が一致してないことはよくあることですので、それ自体はへえそうなんだ。ぐらいの感想でしたが、ちょっと後で考えてしまいまして。というのも、その阿弥陀如来様の前に「南無釈迦牟尼仏とお唱えしましょう」という掲示があり、ずっとそうしてたんですけど、目の前におられるのは釈迦如来じゃありませんよね・・・?「南無阿弥陀仏」じゃないんでしょうか??みんなに目の前で「南無釈迦牟尼仏」と言われて阿弥陀如来様はどう思われることなんでしょう?両方唱えてみるべき?  実は、法要の際に住職が「南無釈迦牟尼佛・南無高祖承陽大師・南無太祖常済大師」と列挙している部分に一言「南無阿弥陀仏」と挿入していたことがあり、おお!ここで配慮してたのかと得心したんですが、逆に言えば阿弥陀如来関係はここだけです。そもそも、曹洞宗のお経は釈迦如来や観世音菩薩関係のものばかりですよね。  寺の本尊もしくは各家庭の仏壇の本尊と、お唱えやお経って、必ずしも対応してなくてもいいものなんでしょうか?多分いいんだろうけど、なんでなんでしょう?(だって、そうじゃないと薬師如来や地蔵菩薩や不動明王のお経なんか唱えたくてもまず唱えられませんよね。)如来や菩薩は相互に「私の前で誰それからこんな読経があったよ」と報告してくださってるのか、それとも上司不在時の代理決裁のように宛先が別の如来でも処理してくださるのでしょうか?このあたり、どう理解したらいいものなんでしょうか、よろしければ回答お待ちしております。

有り難し有り難し 10
回答数回答 1

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