お坊さんへの相談が殺到しており、質問受付数を制限中です。

回答が追いついておりません。今を生きる人のために仏教の智慧を伝えてくれる僧侶の方を募集中です。

人のことが気になる。

何事にも自分のことが他人にどう評価されているにか
気になって仕方がない。
私は私、人は人と気にしないようにするには
どうすれば良いのでしょうか

心構え・生きる智慧
有り難し 17
回答 3

質問投稿日: 2016年2月14日 20:32

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

自分よりも年長の方に偉そうなことはいえませんが

実は私も、あなた様と同じことにながらく苦しんでいました。それがあるとき、プツンとやまりました。やめたのではなく、やまったのです。

あるとき、とはお二人のお医者様の対談記事を読んでいた時です。対談が記事になるくらいですから医学の進歩に著しい貢献をなした方々です。このお二人が画期的な治療法ないし診断法を発表し始めたとき、彼らの同僚たちつまり同じ(大学)病院の医師たちは意地悪をし、彼らが学会などに出席できないようにあの手この手で足を引っ張ったそうです。

このお二人の診断法ないし治療法が知られ普及することにより、人々の健康度が上がり、人の命を救うことができるわけです。人間には誰にも妬みや嫉みという本性があるにせよ、医師であるならば、病に苦しんでいる人を救うことを邪魔してはならないはずです。

しかし、そうではなかった。そして私もお坊さんとしてお坊さんの世界の汚さに悩んでいました。そんなとき上述の対談記事を読んだとき、「他人は自分をよいようにいうはずがないのだと思うようになりました。誰かがよいことをすれば悪く言い、誰かがおかしなことをすれば悪く言うのが世間なのだ。要は自分がそんな連中に染まらず、そしてそんな連中のことを意に介さなければよいのだと思うに至りました。

自分が正しいと思うことをしていればよい。他人はどちらにしても私とよいとはいわない、と腹をくくれば楽になります。

3年6ヶ月前

身を以て「自分三昧」になりきってみる。

renkon様、こんばんは。
30そこそこの小僧です、お役に立てるかわかりませんが、恐れ多くも、回答させていただきます。

「三昧」
という言葉があります。

「考える隙もなくそのことに成りきる」
ということです。

人間はどうしても、人の評価が気になる生き物。
かくいう私も、同じです。
ちょっとしたことに、他人から見た目、というのを気にすることは同じくあります。

自分がコレと決めたコトに打ち込んでいる時というのは、自分が頭で考えるより早く、あるべき姿を具現化しています。

人の評価というのは大切な様で、実はそうでもないコトが多いような気がします。
一番良くないのは他人の評価ばかりを気にして行動すること。
自分に嘘をついてしまうからです。苦しくなります。
一番良いのは、自分の行いが知らず知らず、善いことにつながっていくこと。

頭で考えることも必要ではありますが。
まずは身を以て「自分三昧」になりきってみてはいかがでしょう。
他人の評価など気にせずに、自分の思う正しい、信念を行動に移し、何の見返りも求めないことだと思います。 合掌

3年6ヶ月前
回答僧

西清寺

林 教信

私も時々あります(笑)

人間ですから、、ありますね。

そして、どうやら、日本人は、外国の方々に比べて特に強いみたいです❗(笑)

仏教的には、人の目、評価は虚仮のモノゆえに気にするな❗

の世界ですが、私達が生きてる世界は人間の世界ですし、他者と共存しているなかで理想に思っていても、なかなか難しいですね😅

直ぐにきく言葉や文はありません😅⤵がrenkon様の今の周りの環境を少し離れて(少し旅に出たり、旅行されたり)
すると自分の視野が変わり風景も変わるでしょうから、もしかすると少しづつ自分の心から変わり、無くなりはしないまでも、薄くなっていかれる事もあるでしょう

南無阿弥陀仏 南無阿弥陀仏✋

3年6ヶ月前

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