今年の2月に9歳の長男を突然死で亡くしました。
その日は朝元気に学校に行き、午後倒れたと連絡があり、駆けつけると「ドクターヘリが来るので○○へ行って下さい」と言われ、パニックになりながら向かい
ました。
ヘリの先生から「倒れてから見つかるまでに時間がかかり、もう心臓が止まってから かなりたってしまっている。大学病院に運ぶから気を付けて来て」と告げられヘリは飛び立って行きました。
わたしたちが車で向かっている間に、病院で2度、心臓が弱く弱く動いたらしく、人工心肺を付けて治療にあたってくれていました。
しかし、回復の見込みはなく夜9時25分に機械を停止させ亡くなりました。
長男はそれまでに4回倒れていました。
すべて学校で運動中でした。
3回目までは検査をしても何も出ず、原因不明と言われていました。
初めて倒れたときに救急車で運ばれた病院でずっと診てもらっていました。
ドクターヘリで運ばれたのは別の大学病院です。
4回目に倒れた後の検査で不整脈が出ました。しかし、危険な不整脈は出ず、もうこれ以上の精密検査を高度医療機関で行ったとしても出ないでしょう。
との事で、運動制限をして普通に生活することになりました。
わたしは半信半疑ながらも、でもきっと大丈夫と思うようにしていました。
心臓専門の先生に相談に行こうか?と考えもしたのですが、実行できずにいました。
そうこうしているうちに最終診断が付いてから2ヶ月で突然亡くなってしまいました。
亡くなった時に出した遺伝子検査の結果が6月に出て、致死性不整脈を持っていたことが分かりました。
もし事前に分かっていたとしても治しようがなく、かなり厳しかったようです。ただ予防をする事はできました。
どのみち長くは生きられなかった可能性が高いです。
それから暗く苦しい後悔の世界に入り込みました。
長男は痛い思いや辛い思いをしたとしても生きていたかったのでは?
もし、わたしが事前に大学病院などに連れていき精密検査をしていれば病名が分かって今でも生きていたのでは?
結局、わたしが死なせてしまったということ。我が子を死なせてしまうなんて一番やってはいけないこと!と自分を攻め続けています。
長男には毎日ありがとう、ごめんねと伝えて手を合わせているのですが、何かアドバイスをいただけたら幸いです。
よろしくお願いします。
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risakoさんのご心痛お察し申し上げます。
病気とは言え突然のお別れは辛いものがあります。まして可愛い盛りの息子さんです。どのようにお声掛けしてよいのか分かりませんが、ご冥福をお祈り申し上げます。
以前にも、倒れたことがあり病院にも行っておられたとの事。息子さんは病気自体のことはどこまで理解していたか分かりませんが、一生懸命に生きようとしていたことには間違いありません。ゆえに、そのことは認めてあげましょう。
さて、親としてのrisakoさんとしては、すべてを認め受け入れることは難しいことと存じますが、まずは自分を責めないでください。責めても現状が変わる訳ではありません。又、息子さんからみても、お母さんが悲しむことが辛いのです。
子供はどんな時でも母親が悲しむこと、しかも自分のことで辛い思いをさせてしまったことは仕方ないと言えども、今は、耐えて欲しいと思っています。
この世においては9年間の親子でしたが、魂の次元ではもっと長く深い関係です。
生まれたこと育てていた間のこと、そして今回のお別れ、すべてを通じてお母さんに知ってもらい事があったのでしょう。それはこれから理解し経験されることでしょう。
私たちは、様々な縁を持って親子になります。偶然はありません。ゆえに今回の親子としてのすべての出来事には意味があり、もちろん、risakoさんが亡くなるまでそれは続いていきます。
今は、肉体の苦しみはありません。常にお母さんと一緒にいます。
お母さんが笑えば一緒に笑い泣けば一緒に泣く。声を掛ければちゃんと伝わっています。だから、息子さんのことは心配しなくてもいいです。それよりもご自身の悲しみや苦しさは時間と共に流れていきますが、悲しい時は思いっきり泣けばいいのです。私たちも一緒に涙するしかありません。
間もなく半年を経過します。少しでも落ち着いて頂ければと思います。
早速のお返事ありがとうございます。
長男は自分が倒れたときや入院したときには「ママ笑って」と言ってくれていました。
弟思いのいい子でした。
少しずつでも考えを変えていけたらと思います。