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彼の心を助けたい

彼は、愛情を知らない人。愛情なんていらない・無駄だと思っているよう。
私は彼と出逢い、今までと違う感情になりました。さみしがり屋で毎日連絡欲しかった私が、全然連絡をくれない、連絡すれば『仕事の邪魔だからメールしないで』と言われたり、自分が会いたくなると1カ月ぶりぐらいに思いだしたようにメールが来る。そんな人なのに、待っている。心から愛している。そして、そんな彼の心を助けたいと強く思っています。でも・・自分からメールをするのは、また悲しいこと言われるのが辛くて怖くて連絡できません。
でも・・彼を愛で包んであげたい。そんな彼にはどうすれば私のことを伝えられますか?

有り難し 134
回答 1

質問投稿日: 2012年12月24日 12:34

回答は各僧侶の個人的な意見であり仏教教義や宗派見解と異なることがあります。答えは一つとは限りません。多くの回答(法施)からあなたの人生を探してみてください。

時に「恋」は人を盲目的・妄信的にしてしまうことがある

mana様

川口英俊でございます。問いへの拙生のお答えとなります。

彼の心は果たしてあなたの思っておられるような救いを本当に求められているのかどうか、今一度しっかりと確かめてみる必要はあるかとは存じます。

時に「恋」は人を盲目的・妄信的にしてしまうことがあり、単なる思い込みや誇大妄想に過ぎない場合もあります。それにより、かえってその方や周りの方々に迷惑を掛けてしまうことや害悪を与えてしまうこともあって、気を付けなければならないことであります。

もちろん、拙生は「恋」・「恋愛」・「愛情」を否定するわけではありません。恋愛、愛情は人間の営みの中における大切なことであり、恋愛、愛情の否定は、人間の本能的・生理的・生殖的機能、人間存在そのものの否定にも繋がってしまうこととなるため、この点はご留意を賜れましたらと存じます。

mana様がその方のことを愛しておられることは、文面から誠に伝わって参ります。その愛が本当にその方の幸せをお考えになられての「愛」であるのか、ただの自分の思い込みや誇大妄想、あるいは自己満足や自己都合、独り善がりにしか過ぎない「愛」であるのかは、今一度冷静に振り返ってご検証なされて、そして、その方の本当の「幸せ」のためになる「愛」であると確かめられたのであるならば、その「愛」をその方にしっかりとお伝えし、互いの「幸せ」・「成長」・「支え合い」・「助け合い」に繋がっていけるような良好な関係をこれからも結ばれていかれたら良いのではないだろうかと存じております。

また、「愛」が、仏教における普遍的愛としての「慈悲」の「愛」へとなり、その方のみならず、あらゆる全ての(輪廻の迷苦にある)衆生たちへと及ぼせる「愛」となりましたら、なおいっそうに「幸せ」の福徳も大きくなっていくものであるかと存じます。

mana様のお幸せを祈念申し上げます。

川口英俊 合掌

5年5ヶ月前

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