この世は地獄だと思えてなりません。
私は時々、私たちが今生きているこの世こそが地獄なのではないかと思います。
周りが豊かになっていくにつれて、インターネットなども普及し、それにつれて心ない発言なども増えてきました。
それに従い、普段の生活から、隣人などとの交流が減り、代わりに人の愚痴・恨み言なども増えているように思います(特に現代日本では)。
世界規模でみてみると、今にも戦争が始まりそうな陰鬱な雰囲気が漂っております。
どの国も、どの人も、自分の利益のために躍起になっていると思います。
どの宗教でも隣人愛を唱っているはずなのに…
生活は確かに豊かになりましたが、心は確実に貧しくなっているように思います。
おそらく、こんなことを言っても、「カッコつけやがって」「そんなの綺麗事だ」等と言われ、一蹴されるだけでしょう。
確かに、自分にだって、嫌いな人、合わない人等はいますが、いがみ合いたい・争いたいなんて思っていません。
なぜ自分達で自分達を苦しくしてしまうのでしょうか。
なぜ他人を愛して、お互いを許しあって、お互いが幸せな道を選ぶことができないのでしょうか。
そんな世の中を、諦めなければいけないのでしょうか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
見えてる世界と接する世界と
世界を眺めるとおっしゃる通りだと云えるでしょう。
人間は天国を作るよりは地獄が作りやすいです。
地獄は即座に作ることが出来ますが、天国を作りあげて持続させた例は地球規模では無いと言えます。
僕が生まれた時の日本は、観察の対象の地獄ではなく、生き地獄でした。原爆を二つも落とされ、日本のほとんどの都市が空襲され、僕も低空飛行のB29というアメリカの飛行機が銀翼を真っ赤な炎に反映させてる爆音を聞きながら焼夷弾を投下する下を悲鳴を上げながら逃げ惑ったのです。1945年7月3日徳島市国民学校四年生のことです。
いま原発はどちらを作る役割?
あなたがいま見てるのは観察してる地獄ですね。生き地獄は接する地獄でそこにしか居場所がないんです。
地球全体を地獄と呼ぶか天国と呼ぶか、エリアを地獄と天国の二つに分けますか。
地球という丸い玉。生き物が生きてる環境は恵みある天国です。これを破壊しながら生活基盤を築いてるのが人間です。さらに破壊しようとしてる人、破壊を食い止めようとしてる人。破壊した跡を復旧しようとしてる人。地獄も天国極楽もそこに接する人の状況次第です。総じていえば世界は地獄と言ってもいいが、極楽も構築が可能です。天国も地獄も家庭内にもすぐ作り出せます。あなたのご両親はどちらをあなたに作って与えてくれているでしょうか?
こういう世の中ですが、あなたがこれから歩かれる人生航路では、地獄を作らないように歩んで下さい。
天国は自分で構築するささやかな小さな陽だまりぐらいの場所かも知れませんが、あなたが広く歩めば天国は広くなります。
天国と地獄の壁は紙一枚人のありよう輝け人間
質問者からのお礼
山内 宥厳様、御回答、ありがとうございました。
まだ青二才の私でございますが、深く感銘を受けました。
自分の気の持ち様によって、地獄を観るか、極楽を観るかは変わってくるのですね。
言われてみれば、私は両親からたくさんの愛をもらい、たくさんの友人から笑顔と経験をもらいました。
このような人々を大切にし、感謝を込めて、これからの日々を過ごしていけるよう、また、その恩を返していけるよう努力いたします。
私の稚拙な質問に答えていただき、ありがとうございました。