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37歳の生き方

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こんにちわ。よろしくお願いします。

自分は現在37歳です。統合失調症を患い、約10年になります。また、仕事も8年半くらいしておりません。

将来的には仕事も就きたいと思っていますが、まだもう少し待ったほうが良いという声もあり、もう一歩が出ない感じです。

同年代に比べ、知識や教養も少ないと感じております。

10代や20代くらいの頃は、こういうことを意識したほうが良いといった事を目にしたり、聞いたりすることが多かったのですが、30代後半で独身で自分のような状態の人間がどう意識して生きるのか、最近考えています。

良いお知恵を頂けますと、幸いです。


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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

自然にゆっくりと

統合失調症は心の病気ですが、ryさんの文面を見ると、すでに自分で心をコントロールする力を持っているのではないかと思いました。最近の医学ではいろいろ良い薬も作られているので、お医者さんと相談しながら、ゆっくり気長に治療を進められれば良いかなと思います。

信仰的なアドバイスからいえば、やはりお勧めはゆっくり読む読経です。読経は何回も繰り返しするうちに文章の音楽的な規則正しい言葉の流れが心を癒すのではないかと思っています。お経の意味を調べるのも良いでしょう。たくさんの知識や教養が付きます。お寺巡りもいいでしょう。日本のお寺は歴史文化の保存装置です。社会は非常にめまぐるしく動いていますが、お寺は現代の歴史に流されない悠久の歴史が流れています。ゆっくりゆっくり人生を感じてください。ゆっくりゆっくり生きていきましょう。合掌

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質問者からのお礼

染川智勇様

ご回答いただきまして、ありがとうございます。
お医者様とも、6年くらい、同じ方が診てくださっているのでゆっくり相談しながら
過ごしていきたいと思います。

幸いなことに、お彼岸・お盆にお経に触れているので、もう少し読経したり、意味なども
調べたいと思います。

また、自分が住む県内に鎌倉があるので、お寺も巡ってみたいと思います。

ありがとうございました。

「今を生きる・自分の生き方」問答一覧

人生後半戦の生き方

久々にご相談させていただきます。42歳になり、遅ればせながら授かった子供を育てつつ復職し、日々ドタバタながら楽しく過ごしています。 産前はなんとなく、仕事はある程度やり切ったな〜という気持ちもあったのですが、不思議と今は、社会人として人としてもっと成長したいという意欲でいっぱいです。人生後半戦ということで、生きる心構えについてお聞きしたいです。 先輩から、何歳までにこうなってやる!と目標を立てて、逆算して行動する大切さを幾度も説かれてきました。ただ自分は、これまで公私共に大きな目標はなく、常に、その時その時、自分がしたい事、成し遂げたいことにまっしぐらに進んできた、という人生です。その結果今があり、不思議とあまり後悔はしていません。 人生後半戦も、このようなスタンスで生きていいものでしょうか。それとも、これからはある程度大きな目標を持って進んだほうがよいのでしょうか。 これまで運やご縁、もしかしたら若さと勢いでなんとかしてきたので、難易度が上がる今後も自分の生き方がこれでいいのか、それとも着地点めがけて頑張った方がいいのか悩んでいます。 ご教授いただけますと幸いです。

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『今』を生きる事に集中したい

幼い頃から負の情報にとても影響を受けやすいです。 家族間や学校、職場での出来事はもちろん、特にメディアでの情報やニュースにはとても敏感です。 東日本大地震で被災してからは更に過敏になったように思います。 戦争や災害、陰謀論、気候変動、ワクチン、政治問題など。 こればかりは自分の影響力の範囲外の事ですし、先のことは誰にも分からないので悩んでもしかたない事だと理解はしているのですが怖くて苦しくて潰れそうになります。 そういった情報が目に入らないように使用機器の設定をしたり、テレビをつけずに過ごしたりと対策はしているのですが、たまたま目に入ってしまった時に呼吸が苦しくなってしまうのです。 恥ずかしい話ですが、北朝鮮のミサイル発射の速報を見て小学校や中学校だけでなく仕事を休んでしまったり、公共交通機関に乗れなくなったこともありました。 共感疲労というのでしょうか。 いつか家族が、愛する息子が、自分が、と次々に想像してしまい止められません。 そして実際に家族を失ったような喪失感に襲われます。 夢に出てくることもあり、正直それが一番辛いです。 残虐な殺され方を目の当たりにして現実で起きたような衝撃と感情で目が覚め、気持ちがリセット出来なくなります。 毎日何かに怯え、家事育児中もずっと頭の中が不安しかないのです。 常々『死』を連想してしまいます。 立て続けに身内を3人、急性の癌で亡くしているのでそれも関係しているのかもしれませんが。 こんな世の中に息子を産んでしまった事を後悔してしまいます。 この世は生きるに値しない気がします。 でも生きていくしかありません。 どうしたら今を生きられるようになるでしょうか。 まとまりの無い文章で申し訳ありません。 ご返答いただけると幸いです。

有り難し有り難し 11
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専業主婦に憧れます

こんにちは。 以前新婚時に相談したものです。 新婚時は夫どの関係に自信が持てず悩んでいましたが、昨年第一子を出産してからは全く気にならなくなり、それどころか家族との日々を過ごせることをとても幸せに感じています。 今回ご相談したいことは、私の仕事のことです。 私は公務員で役所勤務しています。育休や子育て支援制度も充実しており、今は週3日勤務で子供を保育園に預けながら働いています。 平日休みの日は子供は保育園に行くので、私の時間ももらえ、とても恵まれているのはわかっているのですが、子供が熱を出したときなど急な休みをもらわないといけないときなど、仕事をやめてしまいたくなります。 急に仕事に穴を開ける罪悪感、子育てがあるため仕事に全力を注ぐことができない罪悪感、仕事のことを気にしながら子どもと向き合っているもどかしさ… 私は両立が苦手のようです。 どちらにも100%の力を注げないもどかしさもありますが、何より子供を育て、家族のことを一番に考えながら平和な家で家事育児をして過ごす日々が幸せすぎます。 なので、いっそ仕事をやめてしまって家事育児に専念し、余った時間で今流行りの在宅でできるお小遣い稼ぎでもしたらいいんじゃないかとか思ってしまいます。 でも、やっぱり今の仕事は本当に恵まれているのも承知しており、そこまで高給取りではありませんが、長い目で見れば金銭的にも大きな差が出てきて、将来の子供の学費などの資金にも影響が出てくると思います。夫はやめるのは私の保障がなくなる意味でもったいないといいますし、私の親は辞めたとしても、専業主婦になっても辛いこと嫌なことはあるから変わらないといいます。 今の私はどのように気持ちの整理をつければいいでしょうか。

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敢えてバランスを崩す

人生において、何事もバランスを取ることが大切だと良く聞きます。しかし何事も二面性(バランスを取ることによる弊害)がある中で、なぜその重要性が真理のような言い方をされるのでしょうか。 例えば、食生活のバランスを意図的に崩してみること(ときに、野菜のみ/肉のみ/炭水化物のみ、暴食/絶食、新鮮な食材/悪くなりかけの食材、普段食べない料理にチャレンジ等)は、自身の体の変化への対応力を身につけるためには有用である(むしろ健康を増進する)との考え方もあるでしょう。 また、常にバランスの取れた食事よりも、その時々で食べ物の美味しさ、有り難みに気づけるのもメリットでしょう。 意図的にバランスを崩すことは、仕事や学業や趣味、恋愛など様々なことにも有用と考えております。 何事もバランスが重要との言葉、信じて良いのでしょうか。(上記の例でいくと、長い目で見ると食生活のバランスが取れているとの見方も可能だと思いますが) 仏教ではどのような考え方をされるでしょうか。バランスは時間の経過とともに自然と取られるとの見方や、そもそもバランスを取るなど幻想、私の問い自体がナンセンスとの考え方もあるかと思います。是非お知恵を拝借させてください。

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今を生きる=悩む暇がないこと?

以前より、死の恐怖についてご相談させていただいております。いつもありがとうございます。 今年から仕事をはじめ、毎日必死に慣れない仕事をこなしています。以前と違って少なくなった休日は、友人との交友や趣味を詰め込んでいます。 そのような生活をしばらく続けていましたら、以前悩んでいた「死の恐怖」について悩む物理的な時間が殆どなくなっている事に気が付きました。 しかし、死の恐怖がなくなった訳ではなく、今でも偶に恐怖で叫び出してしまう事はありますし、将来のこと(今後のキャリアやライフプラン)について考える時にも、「死ぬ時、恐怖に震えながら死ぬのだろう」ととても悲しく、またとても恐ろしくなります。 これは、「今を生きている」のでしょうか?確かに、目の前のことに必死で、死について考える時間がないので精神は健全です。以前より充実していると思います。 ですが、人生の本質のようなものを蔑ろにしている気もします。今の生活はなんとなく、さまざまな問題から逃げている現実逃避のように感じます。人生は死からの逃避、という言葉をどこかでみました。私の人生は今、逃避なのでしょうか。 そこで、「今を生きること」と「現実逃避」の違い、「今を生きること」と「何かに夢中になり、悩む余裕がない」ことの違いが知りたいです。 また私の今の様な生活は、仏教やお坊さんのお考えからはどのように思われますか? 死に怯えるだけだった過去から、今の生活になったことは進歩でしょうか?これは、私の望む「死は悪くない、怖くないと安心して死ぬこと」に近付いていますでしょうか? お忙しいところ恐れ入りますが、知恵をお貸しいただけますと幸いです。よろしくお願い致します。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ