子供が産めなくなりました
先日婦人科の病気が突然見つかり、手術をしたため自分の遺伝子を受け継いだ子供は100%望めなくなりました。
病気はかなり進行しており、このまま治療しててもあと数年生きられる保障はありません。
まずは自分の体を治さなきゃいけないということは頭では分かっているのですが、病気が見つかるまで普通に子供が作れると思い込んでいたためなかなかショックから抜け出せません。
私の母親は30代中盤で私を産みましたが、私はそれよりも数年若いので、この年齢なら子供は作ろうと思えばできる、できにくくても不妊治療さえすれば授かれると勝手に思い込んでおりました。
今思うとかなり傲慢な考えですね。
まさかいきなり100%望みが断たれるなんて。
病院に行くまで病気の自覚症状がなかったのでまさに青天の霹靂でした。
病気の治療はまだ続きますが、苦しい想いをして生き残っても子供が残せないなら生きてる意味はあるのか?と思ってしまいます。
ここ数年は、子供ができたら何しよう…そんなことばかり考えてきました。
もちろん子供がいない方はこの世にたくさんいますし、幸せに生きている方はたくさんいることも分かっています。
ただ、なにもかもいきなりで受け入れられないのです…
時が経てばすべてを受け入れられるようになりますか?
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
あなたは「あなたの人生」こそ歩んで下さい
お辛いご心中をお察し致します…それ以上の言葉が見つかりません…。
御自身でおっしゃっているように『まずは自分の体を治さなきゃいけない』…もう、その一点に尽きると思います。今はお子さんのことを考える時ではなく、あなた御自身の治療・回復を考える時です。
その上で申し上げますが、ご相談の最初に『自分の遺伝子を受け継いだ子供は100%望めなくなり…』とあります。このお言葉に「自分の存在理由は遺伝子を後世に残すこと」というあなたの思いを感じるのです。失礼を承知でもっと申せば、「御自分の存在理由」を「御自分にではなく、御自分の子供さんに見出そうとなさっている」ように感じられるのです。それは『ここ数年は、子供ができたら何しよう…そんなことばかり考えてきました』というお言葉にも現れているように感じます。
あなたはあなたの人生を歩んで下さい。お子さんはお子さんの人生を歩むのであって、「あなたを満足させるような、あなたのための人生」を歩むのではありません。いえ、子供はあなたとは別人格ですので決して「あなたが思うような人生」を歩むことはありません。もし、そんな人生を歩むことを強制されたら、お子さんはあなたを恨むかも知れません。
お子様に恵まれる可能性のなくなったあなたに対し、ずいぶんとつらいことを申し上げますことをお許し下さい。
私には二人の子供がいますが、それぞれ成人し「親とは全く違う人格として、それぞれの思いでそれぞれの人生を生きています」。ときにそれが親には許しがたく、立腹することもありますが、でも子供の人生は子供の人生であって、親のものではないと諦めています。
あなたは「お子様に恵まれた人生…いえ、お子様にあなたの夢を託し、あなたの思うような人生をお子様に歩ませる人生」を歩む可能性は消失したのかも知れません。
でも、あなたは今 生きています。それ以上に素晴らしく尊いことはありません。
あなたは、あなたの人生を、あなたの思いで生きて下さい。
お子様に恵まれた人生、お子様に恵まれない人生…いずれにしてもあなたの人生は一度きりです。得られないものを得たいと請い、願い続けるうちにもあなたの貴重な人生の時間は過ぎていきます。
少なくとも仏様はあなたに寄り添い続け、あなたが安心して、あなた御自身の人生を歩めるようにはたらき続けて下さっています…。
質問者からのお礼
回答ありがとうございます。
お話を聞き、今の私の考えのまま子供を育てていたらと想像してみました。
私の想像の場合、私の中にある都合のいいものしか思い浮かべることはできないので、子供がどうなるのか全く分かりませんでした。
しかし今回の話に対し、私より深い人生経験を重ねた方から人の親の道の教えを学ばさせていただいているようで、自分の中に新しい知識や考えが生まれたようで少しワクワクしました。
そして、私は一人の人間を育てたかったというよりも、一人の人間を育てて新たな知識や価値観を得たかったのかもしれないと考えるようになりました。
そのような自分勝手な考えで人を育てていても、上手くいかず、途中で子育てを投げだしたくなっていたかもしれません。
あとどれくらい生きられるのか分かりませんが、子育てをせずとも新たな知識や価値観を得ることはできますね。
今から自分の興味のあることを一つずつやっていきたいと思いました。
仏様が寄り添っていてくださるというお言葉で少し安心いたしました。