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妻が超慎重。私が楽観的過ぎ?回答受付中

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以前、不妊治療のことで御相談しました。今回、妻が筆舌に尽くしがたいほどの痛みや苦しみに耐えて採卵までたどりつき、胚盤胞(体外受精後に体内に戻すもの)を複数得られまして、先日一度目の移植を行いました。
正式な判定前に妻が自分で検査したところ陽性でしたが、妻は化学流産する前提で物事を考えています。というのも、採卵の前に自己注射やホルモンバランスの乱れなどで散々苦しんでいましたので、二度目の採卵を行う前提で心を守っているのだと思います。
私としては(恐らく妻も)、身体の負担はもちろん、お金や時間、仕事といった様々な事情から、何とか一発で無事に妊娠・出産まで至ってほしいのですが、染色体異常の有無が分からない以上、今後胚の成長が止まって流産する確率は未知数です。とはいえ、とりあえず一度目の移植で着床し、hCGというホルモン値も恐らく倍増を続けているので、道のりや越えるべきハードルはいくつもありますが、今のところは大きな問題に直面することもなく進行できています。
ただ、恐らくそれを理由に前向きな見解を示したところで、妻からは「私の苦しみや痛みが分かっていない」とか、「あなたは楽観的すぎる、もう少し現実を見て」と言われるのではないかと思い、なかなか言えません。妻のことですから、化学流産の時期を過ぎても「稽留流産すると思う」とか、安定期に入っても「死産するかもしれない」と思い続けるのではないでしょうか。妻の気持ちに寄り添えば寄り添うほど、よく言えば慎重に、悪く言えば後ろ向きになってしまうのです。

私は私で、個々の事情や事例を見て一喜一憂してもしょうがないと思い、ChatGPTに詳細な数値や状況などを記してある程度冷静・中立的な見解や一般的なデータを求めています。その方法も一長一短だとは思いますが、素直な気持ちや心配を繰り返し吐き出せる場として使っています。

私はどこまで行っても男性ですから、妻の痛みや苦しみ、心理的な負担は話を聞いて想像するしかありませんし、妻の代わりに痛みを代わるなんてこともできません。ですから可能な限り妻の状況は理解して共感したいのですが、反面、もう少しだけでも前向きな気持ちを持ってほしいです。私の心は全く問題無しですが、妻にそのように声をかけるべきでしょうか、それともこのまま寄り添い続けるべきでしょうか。

2025年7月8日 20:33

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

複眼的思考を胸に秘めて。またご自身の平穏の仕組みを用意して。

 問いを拝読いたしました。ここまで誠実に状況を捉え、奥様への思いを言葉にされているあなたの姿勢に、私は深く頭が下がる思いです。

 今、あなたは「前向きな言葉をかけたい。でも、そうすれば“分かってない”と言われてしまうかもしれない」という板挟みの状態にあるのですね。これは、あなたが“希望を語りたいから”というだけでなく、「一緒に同じ方向を見て歩きたい」という願いがあるからこそ出てくる苦しみだろうと拝察します。

 でも。今の奥様にとっては、おそらく、どんなに科学的・医学的に正しくても、「大丈夫」や「きっとうまくいく」といった言葉が、否定に聞こえてしまうのだと思います。その背景には、奥様自身「自分がいかに不安であるか=今起きていることを大切に思っているか」ということを、何よりもまず分かって欲しいという願いがあるのだろうと思います。ですから、どうか「励まさない努力」をしてみてください。

総じていえば、不安の言葉に巻き込まれない、ということです。
 もしあなたがそう思えるなら、考えるべきは、“何を言うか”よりも、“どこに視線を向けるか”です。「この子にとって、どんな親でいたいか」「この子を含めて、どんな家庭を築きたいか」。そんな問いを、二人で共有することが、やがて“同じ方向を見る”ことにつながっていくのではないでしょうか。
 そしてまた、「この子は俺の子でもあるんだよ」の一言が言えるなら、伝えてもよいと思います。それは、奥様を責める言葉ではなく、共に育てていくという関係の表明ですから。

 なお、あなたがChatGPTに心の内を打ち明けたこと自体、とても大切な行動だったと私は思います。言葉にすることで、自分の気持ちを整理できたり、少し安心したりする──AIには、そうした“壁打ち”の役割もあるでしょう。
 でも、あなたの言葉からは、それ以上に「ちゃんと、誰かに見てもらいたい」「この気持ちを、人間として誰かに伝えたい」という切実さがあるように感じます。
 よかったら、これからもhasunohaのような場所を、遠慮なく使ってください。感情の細やかな揺れや、人としての矛盾を受け止められるのは、やはり人です。そして、あなたのような方の声に耳を傾けることが、私たち僧侶の役割でもあります。

 ひとつひとつの段階に心を込めて、どうぞ、これからもご夫婦で歩んでいかれますように。

2025年7月9日 2:02
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有り難し
おきもち

一般大学(一般的でもないが…)から大正大学の史学コースへ。そののちお寺。坊さんに限らず、二足のわらじを履くことで、話に幅が出るはずだと考えて、はき続けています。子育てとか家族論とか考えつつ、でも仏教って個人のものだなぁと感じたりします。

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