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人の心は読み取れない、とはわかっていても

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 まさか自分が3回も相談するとは思いませんでしたが、相談したくなりました。

 というのも、私がこのサイトを、自分に対しての罪悪感や嫌悪感が生成されているときに訪れます。その際には、自身と似ている悩みを探し、お坊さんの回答を読んでいます。その中で多くは、「仏様や相手のことを思ってください」や「それでも自身が幸せになる権利はあります」という答えが多く寄せられているような気がします。

 しかしながら一方で、過去にいじめを受けていた芸能人が大人になり、母校でスピーチをした際「私はいじめた人のことを許しません」と発言していたニュースを見たり、ネット上では「自分をいじめた同級生が、今は教育者や地位の高い人に就いていることに不信感を抱いている」という記述を読んだりし、疑問に思いました。

 いじめた人から受けた人に直接的に連絡し、謝罪できる環境が整っていればよいのですが、時間がたつと、そうもいかない場合がほとんどです。しかし、当時いじめていた人が、だいぶ時間がたって反省・懺悔した場合でも、相手にはそれは気が付かないでしょう。受けた側は「いじめた人はどうせのうのうと過ごしているんでしょ」と思い続けているんでしょう。

 連絡もできない、時間もたっている。しかしそれでも、長期間の時を経てやっと謝罪することができるようになった。これは本当に相手には届くのでしょうか。

ご回答よろしくお願いします。

2022年9月5日 20:47

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

大切なのは今の生き方

お悩み拝読しました。そのお悩みの答えになるかわかりませんが、大切なのは自分が今ここでどう生きるかということのように感じました。

小学生、中学生、高校生という学校生活では、私もいじめがありました。時には加害者に、時には被害者にもなっていたように思います。苦手なクラスメートがいて、嫌がらせをした記憶は今も鮮明に覚えています。そのことには、ご本人に会ったり話したりする機会はないけれど、いつも「悪いことをした。なんであの時、自分はあんな行動をしたのだろう」とはっきりした理由もなく、ただ、申し訳ない気持ちでいっぱいになり、自分自身が2度とそういうことをしないようにという思いと、今の学生さんたちの間でも起こらないようにと祈ることがあります。

意図的でなくても、人は、人を傷つけることがあります。何気なく言った言葉が、ある人には普通なことでも、ある人には嫌味に聞こえてしまって落ち込ませた、なんていう経験が、私にはあります。人を傷つけることなくして生きることは、よほど神経が行き届かない限り難しいことかもしれません。
もし、そのことに気が付いたら、意識をして謝ること、そしてしないように気をつけると誓うこと、自分が誰かを傷付けてしまっても誰かに助けられて生かしていただいていることに感謝をすること。それが大切だと思っています。それは、生き方の姿勢でもあります。

姿勢が変われば、直接昔の友人と会うことがなくても、巡り巡って伝わるのではないかと思うのです。過去の出来事は過去でも、大切なのは今の生き方だと思います。

2022年9月5日 23:26
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おきもち


曹洞宗(禅宗)僧侶。スピリチュアルケア師。 もの心がついた頃から「生きる...
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何度でもごまかさずご相談ください

過去のご相談と併せて拝読しました。

あまり問題を抽象化・一般化しすぎない方がいいと思います。問題は

①あなたと(過去の質問で出てきた)Aさんとの関係
②あなた自身の罪悪感

のようですね。

まず①について、Aさんとはネット上だけの関係でしょうか?リアルの関係もあるのでしょうか?いずれにしてもあなたに謝罪の意思があり、そうすることが可能ならば謝罪しましょう。もちろんそれを受けて相手が許すかどうかは相手次第です。
しかし、仮に相手が許さなくとも、自分自身がきちんと非を認め、謝罪をできたということに一定の達成感は得られるのではないかと思います。

次に②について。仏様に託す、預ける、聞いてもらうといった方法を以前の質問や類似のご相談から学んだようですが、そんなに単純で簡単なものではないと思います。
それはあなたが思いもよらず3回もご相談されたという事実が証明しています。

仏様がどのように私たちを救おうとなさるかというと、私たちの気持ちを楽にさせえてくれたり、都合の良い出来事を起こしてくれたりということではありません。

仏様はありのままに物事を見ること、すなわち自分とは何か?といことを明らかにしてくださる存在(はたらき)です。

自分で自分がわからないと罪悪感を自分が感じるべきでない不当な感覚として排除しようとします。
しかし本当に自分の姿がはっきりするならば、自分というのは縁(条件・環境)さえ整えばどんな罪をも犯しかねない存在だと認めざるを得ず、もしそのようにしてしまった時の罪悪感についても自分が受けるべきものとして享受していけるのではないでしょうか。

それは「自分が悪い」というような薄っぺらいものではありません。自分で自分をどうしようもできない、自分から何が出てくるか分からない、それほど深い迷いを抱えた存在であると知らしめてくれるのが仏様の教えです。

それは暗いようで実は明るいのです。自分の底が知らされるということは。

相手に届く、届かないという問題は現実的にありますが、もう一方で、自分とは何か?ということをどれだけ深められるかが、あなたのこれからを左右するようにも思います。

2022年9月6日 14:02
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おきもち


はじめまして。 北海道の道南地区にある若松という農村のお寺で住職をしてお...
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質問者からのお礼

吉武文法さん、慈正さん、ありがとうございます。
 Aさんとの件ですが、実はそれなりに解決しました。ご配慮ありがとうございます。

 仏様は、「自分とは何か?といことを明らかにしてくださる存在」でありながらも、「暗いようで実は明るい」ということでしたが、私には、暗さの先に明るさがあるのだと感じました。人間特有の「深い迷い」が自身を劣等化し、仏様に頼る。しかしそこでサポートを受けても、最初は「自身の底」を知ることでさらに暗くなるものだと考えました。しかし、無知の知とあるように、自身がそれを知った先に明るさがあることであると認識しました。

 私はかなり過去に引っ張られる性格な人なので、現実(や未来)に後ろ向きで向かうことがかなり多いです。また、「自分が今ここでどう生きるか」。何か悩みを持った時に確かに周りから言われます。過去は動かない、未来のみ。そして、「姿勢が変われば~巡り巡って伝わる」も、小さいころから親に言われました。ただ私の中で、めぐる、と言っても誰から誰へ、というものが、当たり前ながら不明であることは正直そこもモヤモヤとする一つではあります。もちろん気を付ける、という実行の点では差異はありますが、結局精神論(という言葉で片付けるのは正しくないと思いますが)で収束しなければならないのも、なんかさみしさを感じました。まぁ人の心はAIではないので、こればっかりはしょうがないですね。

「その他」問答一覧

幼少期の頃

幼稚園の頃の話です。少し恐ろしくなり相談したいと思いました。昔から幼少期の頃の記憶があまりなく、ポツポツと思い出すのですが、父親が特別国家公務員で夜中に家に帰ることが多く、母親と喧嘩が多かったのを覚えています。仕事関係で仕方なかったのでしょうが、母親は一度メンタルを崩して祖母が面倒を見に来たりなどしていたようです。官舎という狭い人間関係で悩むことが多かったようで、関わらないために私が他の子と遊びたいと言ってもひたすらダメと言われていたのを覚えています。ある夜ハサミでクレヨンを切っていて、このまま小指を切ったらどうなるのだろうと思い小指を切ったことを思い出しました。その話を聞くと泣きもせずクレヨンと間違えて切ったと言っていたようです。3歳か4歳ぐらいの時です。兄と悪さをしてトイレに閉じ込めて、兄は泣きながらもうしない出してと言っているのに、私は泣きもせずどうせ出すでしょとしれっとしていたようです。小1で父を仕事中の事故でなくし、それから母親が必死に育ててくれたのですが、小1の頃から親に対して試し行動のようなものをしていたのを思い出しました。帽子を田んぼに投げられたと嘘をつきいじめられたと言っていたようなことを覚えています。実際にからかわれでスカートを下げられたりしていたのですが、帽子の件は曖昧ですが嘘だったと思います。転校して、そこからはしなくなったのですが、少し病気がちでした。中耳炎を毎年繰り返す、股関節が外れそうになる、腎臓を悪くするなどです。手がかかる子だったと思います。また私は高飛車な性格ですごくわがままな性格でした。女の子と遊び出したのは小4からです。強い感情を出していました。ですが、中学生からだんだん自分の性格や在り方に悩むようになりメンタルを崩して行ったのですが、元々の性格の強さが邪魔して素直に生きることができません。改善する方法が分からず元々の性格の強さを必死に抑えることをしてきましたが、毎日強い不安を感じながら生きています。メンタルも不安定です。親に色々話を聞きたいのですが、親は何かを隠しているような感じがします。それが私が気にしないように生きていく為に黙っているのか、ただ何かを隠しているのかは分かりません。ただ、どう変えていけばいいのか分かりません。

有り難し有り難し 20
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怖い

こんばんは。寝れなくて相談させてもらいます。 最近不審なことがあり生活が気がかりです。助けてください。 先日地域の催しに行ってきたのですが、会場内でやけに見てくるひとがいるな、なんかついてきてる気がするなとは思ってたのですが、帰りに声をかけられて何分か話をされました。なかなか話を切り上げられず連絡先を交換してしまいました。一回りは上かと思われる中年の方です。申し訳ないけど怖くてブロックしています。 その場では愛想良くしてしまっただけに罪悪感があります。ほんとに友達が欲しいだけだったなら私のしてることって残酷だなぁと… ただ、しばらく経ってよく考えてみたらうしろをついてこられていたというのは気のせいじゃなかったんだ、いつから見られてたんだろうと思うと怖くて仕方ありません。生活圏が同じなのでなんだか見たことがある人のような気もしていて、以前から知られていたのならますます怖いし、今後どこかで会ってしまうかもと思うと仕事以外でひとりで外に出たくありません。気にしすぎなのかもしれません。 ブロックしているので連絡が来ているかわかりませんが、なんでこんな怖い思いをしなくてはならないんだろう。 その場を丸め込もうと連絡先交換を断れない自分が嫌になります。どうすればよかったのでしょう。 連絡して無視されてたら悲しいですよねきっと。だけど、怖くて何もできません。 今後何かに巻き込まれたりしたらどうしよう。実害がないのでどこかに相談できるわけもなく、怯えています。

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眠気をコントロールしたいです

昔から眠気がコントロールできません。 授業中、会議中、運転中、眠ってしまい、都度痛い目に合ったりしながらも何とかなっており、ごまかしごまかし生きてきました。 5年前に結婚した夫は不眠症で、夜眠ろうとすると恐怖(闇)がおそってくるらしく、自分が眠るまで横で『絶対に』起きていてほしいと言います。 ウトウトするのも駄目です。 それでもやはり眠くなってしまう私を見て、夫は絶望で半狂乱のようになり、酷いとき(昔)は朝まで説教することも。 運良く寝付いても夜中に何度も起きて「うわ〜しんどい〜」と叫んで苦しんでいます。(年を追うごとに楽にはなってきています) ちなみに朝になるとそのことは覚えていません。 結婚当初はがんばって看病?する気はあったのですが、次第になんでこんなにウトウトするだけど怒られなければならないんだろう、と思うようになりました。 夫が横でもがき苦しんでいても全く寄り添う気持ちどころか、いい加減にしてほしい、と思うようになってきました。 一番辛いのは本人なのですが、夫の気持ちに寄り添えないんです。そんな自分が空恐ろしく感じてきます。 夫はつらい過去を乗り越えて来たこともあり、智慧と思いやりのある尊敬できる所がたくさんある人なので、幸せになってほしいとは思っています。 でもこんな私では力不足だと、すぐに逃げたい気持ちにかられてしまいます。 ちなみに、夫はとても私のことを想ってくれていますし、普段はとても仲良しです。 根本解決にはなりませんが、眠気をコントロールできれば、もっと穏便に日常を過ごせそうです。 禅僧の修行は睡眠時間がほとんど無いと聞いたことがあります。 何か解決策がありましたら教えていただけたらありがたいです。 どうかよろしくお願いいたします。

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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ