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感謝されて逝きたい

回答数回答 1
有り難し有り難し 6

いつもありがとうございます。緊急度低めの質問なので、他の手助けをもっと必要とする方がいましたらその方を重要最優先でかまいません。

少し前までは、両親は愚か、娘や夫を許せなかった私ですが、ハスノハを見て、しょうもないことに腹を立てても、煙たがられて良いことはないなと気づきました。

怒りっぽくて、度々人と衝突し、時間にルーズ、ミスだらけ、忘れ物なくし物の多さに、毎日毎日後ろ向きなことばかり呟いていた性根は、
お経やお寺参り、仏様の顔を観て自分を見つめる時間とともに、ずいぶん円くなったと自分でも不思議なぐらいです。

年を取れば体もオツムも弱くなり、逆に子どもや若い方の力に頼らざるを得なくなります。
最近は、周囲に心から長生きしてね、と言われる歳のとり方をと願う今日この頃です。
と思うと、せめて周りの困りごとの種にならないよう、今から日々の行いや習慣をちょっとずつ改めなきゃとも思います。

三十代まで構ってちゃんの村八分だった私ですが、お寺での奉仕員を経てから、今では嘘のように休み無しに仕事が来ます。
(大きな声では言えませんが、当時ハスノハにも嘆きの質問をし、目の敵にしていたお局様よりも、諸々3倍くらいには…これもお寺の皆様の智慧のおかげです)

願はくは一生現役で、死ぬ前まで働いて、世の中の役に立ち、感謝とともに逝きたい。
老いることも、いずれ死ぬこともありがたいのですが、どうか世話・厄介にはなりたくないです。

『今ここを生きる』仏教の考え方からすれば、未来を勝手に思い煩うことは、煩悩そのものだとは思いますが、まだまだ未熟な、家の中ではサボり魔の私が、心を入れ直してちゃんと、娘からも認められるような大人の母親となれるようお諭しいただけましたら幸いです。

最後に一言。ああ、片付けが、苦手です!
本当に、外ならまめまめしく動けるのに、なぜ家だとこんなに愚かな母親になってしまうのでしょう…お空のお母さん、ごめんなさい!

2022年11月25日 0:27

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

感謝されるのも相手合ってのこと、先ずは自分が感謝する

茗荷さん
こんにちは

拝読させていただきました。
これからのことへの不安がつのり、お辛いですね。

ずいぶんまるくなられたとのこと、すばらしいですね。

>今から日々の行いや習慣をちょっとずつ改めなきゃ
>心を入れ直してちゃんと、娘からも認められるような大人の母親となれるよう
ほどほどで良いのではないでしょうか。

動物の世界では、老いれば死に向かい、生態系のなかの新陳代謝として、自然と次世代へつなげる流れになるのだと思います。ただ、ヒトの世界は文化や社会を有し、社会的動物であるが故に、ある程度老いても、誰かの厄介になる場合は多々あるのではないでしょうか。もちろんできるだけ、お世話・厄介にはなりたくないというのはあると思いますが、自分一人でなんとかならない部分もある気がします。
これもほどほどで良いのではないでしょうか。

>世の中の役に立ち、感謝とともに逝きたい。
そうですね。
ただ、これも相手があってのことだと思いますので、自分が役に立つような行いを心掛け、日々、様々なことに自分が感謝をいだけば、その先には、相手に感謝される存在になるのかもしれません。

片付けが苦手でも、サボり魔でも良いのではないでしょうか。
みなさん元来そんなもんな気がします・・・

応援しています。
一つの参考となれば幸いです。 

2022年11月25日 9:18
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有り難し
おきもち

慧徳
真言宗 僧侶。スピリチュアルケア師。 みなさまのお悩みに日々、寄り添えれ...
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質問者からのお礼

慧徳様
早々のご回答、ありがとうございました。

>サボり魔でも、片付けが下手でも良い
なかなかもって、家族はそう優しい言葉をかけてはくれないことが何より、家に帰ると時折心がしぼんでしまう引き金です(涙)

私はたまたま、そういう夫を選んでしまったのと、夫を悪者にすることは避けたいのですが、もともとヤングケアラーでしたし、自分を責めがちです。
サボり魔で片付け下手の嫁はやっぱり、夫にしてみれば、ストレスの根源、苦の種なのだと思います。
朝から晩まで週7日働き、その稼ぎで生活費も捻出し、更に家事もというのは、周りは皆、それは普通じゃないと、言います。
同性同士は特に、許せないと家庭不和・夫婦不仲一直線の夫叩き話になるので、外ではもう愚痴らなくなりました。

この年になって、我慢に衝突を山程重ね、もがいてわかったことは、男の人も、その子どもも、母親という人間には、甘えてわがままを言うものなのだなぁ、ということです。そう理解することにしました。

「与える人をダーナ、旦那という。与える人になれ。」というようなことを昔、和尚さんに教わりました。
今の私は時々やっぱりものすごく、重たくてしんどいな、と感じます。

週に七日間、外へ仕事に出かければ、しんどさ以上に行く先々で、皆さん優しくしてくださるし、お給料も上がるので甲斐があります。

毎日生活費を稼いで、家に帰ればご飯は掃除はと待っている、そんな私にはお坊さんがくださる「褒め言葉」や「気の休まる言葉」が何よりの救いです。
お言葉、心より感謝しております。
今後とも、よろしくお願い申し上げます。
南無大師遍照金剛

あらためまして、深く御礼申し上げます。

先程実家へ行き、仏壇の母に手を合わせて一人暮らしの父のトイレを洗いました。

それが特殊清掃並みの行だとしても、六根清浄、と心に浮かんできて、目の前がたちまち綺麗になるから不思議です。

「ピカピカだ」と褒めてくれた父は、終わってすぐに用を足しました。
実は前に綺麗にした時は、汚れが落ちた違いが見えていませんでした。
汚れに気が付かない程視力が落ちるから、お年寄りは掃除が困難になる、と聞きました。

父の目に、本当にピカピカに写ったのか、お世辞で褒めてくれたのかは謎ですが、もう一度母の仏壇がある部屋へ行くと、写真が微笑んでいました。

あらためて私は母に線香をあげ、お経を唱えました。
おりんの音が、たまらなく心地よかったです。
感謝。

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