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『今』を大切にする方法が知りたいです。

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こんにちは。

『今』を大切にする方法が知りたいです。

私は毎日のように死後のことを考えてしまいます。

早く死にたいという気持ちで、早くあの世に行きたいから、がんばっているという感じで毎日を過ごしており、どこか苦しさを感じています。

『今』という時間を大切にしたい。
日頃から小さなことでも感謝できるように
なりたい。

亡くなったあとのことを心配をするよりも、
『今』を大切にしたい、『今』という時間を大切に思いたいということは考えられるのですが、どのようにしたらいいのか分からないです。

数日前に神社に行き、おみくじを引きました。
おみくじの内容は『今を大切に』と記載されていました。
二度とない『今』という瞬間を大切にすることで、人生はより実り多いものになると神様に教えていただきました。

今、この瞬間、この時間を意識して生きる方法を探しています。

死後のことばかり考えるのではなく、『今』という時間を楽しく過ごせるようになりたいです。

よろしくお願いいたします。

2024年6月13日 13:08

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お坊さんからの回答 2件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

既に今に生きている

今という言葉はありますが今という時間が存在するわけではありません。目の前の現実リアルは、この時っきりです。大切だけど掴むことはできません。川の流れのように過ぎ去っていきます。
今を生きるとは、そうした目の前の事実、目で見た景色、耳から聞こえた音、香り、皮膚から感じた感覚、味、そのまんまでいるということです。もっと言えば、思えるという働きもその時だけのものです。
人は思いや考えを握る癖があります。こうでなければならない。こうするべき。白黒。好き嫌い。損得。みんな自分の都合というフィルターごしのつくりごとです。
そちらの作り事より、目の前の意味のないありのままな、ドーンという様子のままでいられるかどうかということです。

これからなにかをするのではなく、自分自身の体が今そのような働きをしているというところに目を向けることです。

2024年6月14日 15:02
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有り難し
おきもち

禅宗 曹洞宗 僧侶。神奈川県西部円通寺副住職。 悩みを吐き出す事で、ちょ...
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さくもも 様 相談ありがとうございます。

今を大切にする方法ですが、いろいろあると思います。
色々試してみて、さくもも様なりの方法を見つけて実践することが良いと思います。
座禅とか写経とか瞑想とかですが、私のお薦めは、今、ここに注意をむけて自分の状態に気づき、そして自分の気持ちをやわらげ落ちつけるために、どんな行動をしたらよいのかを掴むためのマインドフルネスの瞑想・呼吸法が宜しいかと思います。
「背筋を伸ばし、真っすぐな姿勢で座り(椅子でも構いません)、あとはリラックスして意識をはっきりとさせます。そして、今ここにしている、呼吸に注意をむけていきます。出る息・入る息、ただ呼吸に注意をむけるのです。鼻から入り、胸が膨らみお腹が膨らむ、そして、お腹がへこみ、胸がしぼみ、鼻から空気が出ていき、その空気の流れにただ注意を向けましょう。そして自分なりの心地よいリズムの呼吸をしてただそれに意識を向けるのです。最初は5分ぐらいから始めてみましょう。途中で意識が何かにそれても、それを手放し、優しく自分を責めずに、また呼吸の流れに意識を戻していきましょう。約10分ぐらいして、自分の心地よいリズムにただ気づいていられるようになったら、もとの意識へ戻しましょう」
こんな練習をすることで、だんだんと今に集中して、大切にできるようになります。
さらに
「私が幸せになりますように。私の悩み苦しみが和らぎますように。私に喜びが溢れますように。私の心に平穏が訪れますように」と祈ることで、心の安定が得られてくると思いますので、参考にしてください。一礼

2024年6月13日 21:33
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有り難し
おきもち

お寺の法務(法事などのご先祖の供養)と 唱題行・写経・法話・カウンセリン...
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「今を生きる・自分の生き方」問答一覧

人生後半戦の生き方

久々にご相談させていただきます。42歳になり、遅ればせながら授かった子供を育てつつ復職し、日々ドタバタながら楽しく過ごしています。 産前はなんとなく、仕事はある程度やり切ったな〜という気持ちもあったのですが、不思議と今は、社会人として人としてもっと成長したいという意欲でいっぱいです。人生後半戦ということで、生きる心構えについてお聞きしたいです。 先輩から、何歳までにこうなってやる!と目標を立てて、逆算して行動する大切さを幾度も説かれてきました。ただ自分は、これまで公私共に大きな目標はなく、常に、その時その時、自分がしたい事、成し遂げたいことにまっしぐらに進んできた、という人生です。その結果今があり、不思議とあまり後悔はしていません。 人生後半戦も、このようなスタンスで生きていいものでしょうか。それとも、これからはある程度大きな目標を持って進んだほうがよいのでしょうか。 これまで運やご縁、もしかしたら若さと勢いでなんとかしてきたので、難易度が上がる今後も自分の生き方がこれでいいのか、それとも着地点めがけて頑張った方がいいのか悩んでいます。 ご教授いただけますと幸いです。

有り難し有り難し 23
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『今』を生きる事に集中したい

幼い頃から負の情報にとても影響を受けやすいです。 家族間や学校、職場での出来事はもちろん、特にメディアでの情報やニュースにはとても敏感です。 東日本大地震で被災してからは更に過敏になったように思います。 戦争や災害、陰謀論、気候変動、ワクチン、政治問題など。 こればかりは自分の影響力の範囲外の事ですし、先のことは誰にも分からないので悩んでもしかたない事だと理解はしているのですが怖くて苦しくて潰れそうになります。 そういった情報が目に入らないように使用機器の設定をしたり、テレビをつけずに過ごしたりと対策はしているのですが、たまたま目に入ってしまった時に呼吸が苦しくなってしまうのです。 恥ずかしい話ですが、北朝鮮のミサイル発射の速報を見て小学校や中学校だけでなく仕事を休んでしまったり、公共交通機関に乗れなくなったこともありました。 共感疲労というのでしょうか。 いつか家族が、愛する息子が、自分が、と次々に想像してしまい止められません。 そして実際に家族を失ったような喪失感に襲われます。 夢に出てくることもあり、正直それが一番辛いです。 残虐な殺され方を目の当たりにして現実で起きたような衝撃と感情で目が覚め、気持ちがリセット出来なくなります。 毎日何かに怯え、家事育児中もずっと頭の中が不安しかないのです。 常々『死』を連想してしまいます。 立て続けに身内を3人、急性の癌で亡くしているのでそれも関係しているのかもしれませんが。 こんな世の中に息子を産んでしまった事を後悔してしまいます。 この世は生きるに値しない気がします。 でも生きていくしかありません。 どうしたら今を生きられるようになるでしょうか。 まとまりの無い文章で申し訳ありません。 ご返答いただけると幸いです。

有り難し有り難し 11
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専業主婦に憧れます

こんにちは。 以前新婚時に相談したものです。 新婚時は夫どの関係に自信が持てず悩んでいましたが、昨年第一子を出産してからは全く気にならなくなり、それどころか家族との日々を過ごせることをとても幸せに感じています。 今回ご相談したいことは、私の仕事のことです。 私は公務員で役所勤務しています。育休や子育て支援制度も充実しており、今は週3日勤務で子供を保育園に預けながら働いています。 平日休みの日は子供は保育園に行くので、私の時間ももらえ、とても恵まれているのはわかっているのですが、子供が熱を出したときなど急な休みをもらわないといけないときなど、仕事をやめてしまいたくなります。 急に仕事に穴を開ける罪悪感、子育てがあるため仕事に全力を注ぐことができない罪悪感、仕事のことを気にしながら子どもと向き合っているもどかしさ… 私は両立が苦手のようです。 どちらにも100%の力を注げないもどかしさもありますが、何より子供を育て、家族のことを一番に考えながら平和な家で家事育児をして過ごす日々が幸せすぎます。 なので、いっそ仕事をやめてしまって家事育児に専念し、余った時間で今流行りの在宅でできるお小遣い稼ぎでもしたらいいんじゃないかとか思ってしまいます。 でも、やっぱり今の仕事は本当に恵まれているのも承知しており、そこまで高給取りではありませんが、長い目で見れば金銭的にも大きな差が出てきて、将来の子供の学費などの資金にも影響が出てくると思います。夫はやめるのは私の保障がなくなる意味でもったいないといいますし、私の親は辞めたとしても、専業主婦になっても辛いこと嫌なことはあるから変わらないといいます。 今の私はどのように気持ちの整理をつければいいでしょうか。

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敢えてバランスを崩す

人生において、何事もバランスを取ることが大切だと良く聞きます。しかし何事も二面性(バランスを取ることによる弊害)がある中で、なぜその重要性が真理のような言い方をされるのでしょうか。 例えば、食生活のバランスを意図的に崩してみること(ときに、野菜のみ/肉のみ/炭水化物のみ、暴食/絶食、新鮮な食材/悪くなりかけの食材、普段食べない料理にチャレンジ等)は、自身の体の変化への対応力を身につけるためには有用である(むしろ健康を増進する)との考え方もあるでしょう。 また、常にバランスの取れた食事よりも、その時々で食べ物の美味しさ、有り難みに気づけるのもメリットでしょう。 意図的にバランスを崩すことは、仕事や学業や趣味、恋愛など様々なことにも有用と考えております。 何事もバランスが重要との言葉、信じて良いのでしょうか。(上記の例でいくと、長い目で見ると食生活のバランスが取れているとの見方も可能だと思いますが) 仏教ではどのような考え方をされるでしょうか。バランスは時間の経過とともに自然と取られるとの見方や、そもそもバランスを取るなど幻想、私の問い自体がナンセンスとの考え方もあるかと思います。是非お知恵を拝借させてください。

有り難し有り難し 6
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今を生きる=悩む暇がないこと?

以前より、死の恐怖についてご相談させていただいております。いつもありがとうございます。 今年から仕事をはじめ、毎日必死に慣れない仕事をこなしています。以前と違って少なくなった休日は、友人との交友や趣味を詰め込んでいます。 そのような生活をしばらく続けていましたら、以前悩んでいた「死の恐怖」について悩む物理的な時間が殆どなくなっている事に気が付きました。 しかし、死の恐怖がなくなった訳ではなく、今でも偶に恐怖で叫び出してしまう事はありますし、将来のこと(今後のキャリアやライフプラン)について考える時にも、「死ぬ時、恐怖に震えながら死ぬのだろう」ととても悲しく、またとても恐ろしくなります。 これは、「今を生きている」のでしょうか?確かに、目の前のことに必死で、死について考える時間がないので精神は健全です。以前より充実していると思います。 ですが、人生の本質のようなものを蔑ろにしている気もします。今の生活はなんとなく、さまざまな問題から逃げている現実逃避のように感じます。人生は死からの逃避、という言葉をどこかでみました。私の人生は今、逃避なのでしょうか。 そこで、「今を生きること」と「現実逃避」の違い、「今を生きること」と「何かに夢中になり、悩む余裕がない」ことの違いが知りたいです。 また私の今の様な生活は、仏教やお坊さんのお考えからはどのように思われますか? 死に怯えるだけだった過去から、今の生活になったことは進歩でしょうか?これは、私の望む「死は悪くない、怖くないと安心して死ぬこと」に近付いていますでしょうか? お忙しいところ恐れ入りますが、知恵をお貸しいただけますと幸いです。よろしくお願い致します。

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社会不適合者の生き方

今自身の存在意義について悩んでいます。 背景を記載致します。私はASDという発達障害を患っていることを社会人になって初めてしました。これは先天的なものであり、不治です。 学生時代から社会不適合や問題児として扱われてました。しかし、それも一つの味だといじられキャラとして何とか楽しく過ごせて来ました。また、人なりになれない部分ばかりですが、一部は無茶して何とかして来ました。 しかし、社会人になるとそうはいきません。普通の人が出来ることにやはり数倍苦労します。ミスばかりで他人に迷惑をかけます。無茶をすると逆に会社として困る存在になります。 学生時代からぼんやり思っており、発達障害とわかってはっきりしましたが、このような発達障害で何の取り柄もなく、人の数倍労力をかけないと人並みにすらなれない人間に何の意味があるのだろうと自己嫌悪に堕ちる日々です。 この先は生きていても誰の役にも立てず迷惑ばかりかける存在になると思っています。だからこそ、命を粗末にすることは悪いことと思いつつ、早死にしたいという気持ちがあります。苦しむために生まれて来たとさえ思います。 その反面、健常者と同じように生きたいという欲深い気持ちもあります。 難しい質問ではありますが、どんな心持ちで生きれば、この苦しい罰のような人生を乗り越えられるでしょうか?どうやって自身の存在を受け入れればいいでしょうか? 長年の悩みです。アドバイスをいただければ幸いです。

有り難し有り難し 11
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温かい気持ちになるお坊さん説法まとめ