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10年前の中絶、子は私を恨んでいますか?

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10年前、訳があって宿した子を中絶しました。
自業自得ですが後悔と罪悪感でいっぱいです。

最近知人が「誰が殺したの?生きたかった」と子どもが泣いている夢を見たそうです。

亡くなった子は今も苦しんでいるのでしょうか?その決断をした私を恨んでいますか?私が幸せに暮らしても良いのか、また不安です。

2023年1月30日 14:24

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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

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ご相談拝読しました。

10年前の出来事、お辛かったですね。やむにやまれぬ事情があったのでしょう。生まれることが出来なかったお子様に哀悼の誠を捧げると共に、あなたの行き場のないお気持ちに思いを馳せます。

さて、生まれることができなかったお子様の気持ちや状況は誰も確かめることができません。それなのにその子の気持ちや状況を決めつけるような言動は取るに足らないものです。退けましょう。そういう知人とは距離を置きましょう。

さてさて、そうはいってもわからないのはあなたも同じです。それなのにもしもお子様が苦しんでいるような気がするならば、それは他でもないあなたが苦しんでいるのです。

「あなたにとってのお子様の今」は、あなた自身がこれからどう生きるかでしか背負うことができません。

あなたが幸せに生きることが、その子も望んだかもしれない未来を共に歩むことになるのではないでしょうか。

ご供養を通して自分自身の気持ちと命の大きさに向き合いつつ、あなたはあなたの人生を幸せに歩んでください。

2023年1月30日 15:55
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はじめまして。北海道の片田舎の農村のお寺で住職をしております。 人生経験も仏法聴聞も、まだまだ未熟な私ではありますが、皆様のお悩みに対し真摯に向き合い、共に悩み共に考えたいと思います。 お話しする内容は「こたえ」ではありません。仏法を聞いてもお金が儲かるわけでも、人間関係に恵まれるわけでも、病気が治るわけでも、何ものにも左右されない心の持ち様が手に入るわけでもありません。 仏法の救いとは悩みが私の思い通りに解決することでなく、どんな悩みも私の現実として引き受けて、悩みながらも生きていけることだと私はいただいております。 悩みを救う(解決する)のではなく、悩む人を救う(悩む私という存在を引き受けていける)のです。 「こたえ」ではなく、「問い」を共有することで、悩み苦しみを引き受けて生きていける一助となれれば幸いです。 【回答について】 後から読み返し、誤字脱字に気づいた際は訂正を入れます。訂正ではなく、お礼コメントへの返信のため追記する場合はタイトルに〔追記あり〕と記載します。 なお、タイトルも本文も字数制限があるため際限なく追記できないこともご承知おきを。
基本的には平日13時~15時のみ対応可能です。お寺の行事、急な法務で対応できない場合もあります。

質問者からのお礼

お忙しい中、ありがとうございます。
たくさん後悔し自分を責めたこともありましたが、亡くなった子の分まで私が幸せにと思い今まで暮らしてきました。そんな中、知人からすれば私を案ずる忠告だったのかもしれませんがその言葉を聞いて、もしそうだったらと胸がとても苦しくなり、相談させていただきました。
温かい言葉ありがとうございます。心に染みました。何度も読み返しました、ありがたいお言葉です。

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