親が死ぬ時、どう受け入れればいいのか
私25歳、妹23歳、両親64歳です。
社会人で一人暮らしを初めて両親の有難さに気づきました。
長年の不妊治療の後産まれた私は何の取り柄もなく、今までの迷惑と心配をかけてきた申し訳なさもいっぱいで、日々両親の健康と幸せを願うばかりです。
実家に帰るたびに、両親の白髪の多さや縮んだ背丈など、老いに気づく場面が多くなりました。ぱっと思い浮かぶ両親の姿は、背が高くて見た目も声も若い昔の姿です。ランニングが趣味だった父も「すぐ疲れる」と外出が少なくなりました。「私が死んだら食器あげるわ」「次元号変わるときはもう生きてないわ」と笑顔で話す両親の会話でも泣きそうになります。そうやって老いて死に近づいていく状態をみるのが辛いです。
昨年祖母が亡くなりました。身内の死は初めてです。
今でも祖母に会いたいと一人で泣くこともあり、祖母も祖母の家もなくなって悲しく寂しいです。
恥ずかしながら、祖母の死で改めて家族の大切さや感謝を感じました。
祖母が亡くなってこんなに悲しいなら両親が亡くなる時、受け止められる覚悟はできるのか?もし結婚して自分の家庭を持っても両親のいない長い人生を生きないといけないのか?と思ってしまいます。
「誰も死んでほしくない。健康のままずっと生きてほしい」と子供みたいに、大切な人が死ぬという現実から逃げたい気持ちでいっぱいです。
命に終わりがあるのはわかってますが、家族の死にどう向き合って立ち直ればいいかわかりませんし、受け止められる覚悟ができません。
両親が死んだらきっと悲しみで気が狂うだろうから自殺したい。でも大好きな妹のことを思うと自殺もできません。
また、介護施設で認知症の方の対応をしていたのを思い出し、両親が認知症になって私や妹ものことを忘れたら…という怖い気持ちもあります。
どうやって大切な人の死を受け入れて乗り越えたらいいのでしょうか。
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
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今を大切に生きる
さや 様 相談ありがとうございます。
私62歳なんですけど。確かに老いたなとか死ぬときがくるんだろうな~と思うことが多くなりました。でも、まだまだしっかり生きようと思う気持ちを持っています。
おそらくあなたのご両親も、「しっかり生きよう」「生ききる」「そしてどんな時も希望がある」と思って日々を過ごしているのでは。と拝察します。
そんなご両親から、あなたはまだまだ学ぶことがあると思って、日々過ごしてください。今は死が先の事過ぎて不安だらけでしょうが、日々ご両親の後ろ姿や笑顔などから観て学ぶことで、経験を積んでいくと、その不安の観方が変わっていきますので、今日一日を大切にしようと思いながら、過ごしてみてください。
さらに、「今、死を受け入れようとか受け止めようとか思わず、そしてもしもの時は、受け止めずに、感情のまま泣いてもいい、そしてグリーフケアを受ければいい、何とかなる。」と思って過ごしてください。
今を大切に生きることに注力した方が、きっとこの先、心が軽くなります。
それから、「私は何の取り柄もなく・・・」の自己批判のようなことは、役に立たないということも考えてみてください。おそらくその思いは、虐めにあったとか、劣等感などからくるものだと思いますが、劣等感やネガティブなどの思考は改善することが出来ます。自分の気持ちをネガティブから穏やかさを取り戻すことで、悲しみにも立ち直りやすくなりますので、心がけてみてください。
辛い感情・劣等感や不安な感情に寄り添いますので、どうぞまたご相談ください。
一礼
追伸:お礼メッセージありがとうございました。
今を生きる決心、素晴らしいと思います。難しい時や辛い時はご支援いたしますので、どうぞ遠慮なくご相談ください。またトラウマなどで、自己批判をしそうでしたら対処させていただきます。この度のご縁に感謝申し上げます。再礼
質問者からのお礼
お返事ありがとうございます。
両親も会うたび笑顔でそのように前向きに過ごしていそうで、それだけでも安心します。
仰る通り先の死に不安ばかり感じるよりも、今後もまだまだ両親から学ぶことに時間を消費したいと思います。その方が後悔が少なく過ごせそうです。
両親が亡くなったら絶望しかないと思ってましたが、グリーフケアなど希望もあるんだなと安心しました。
確かに自分を卑下したりネガティブ思考だと、悲しい時更に悲しくなりそうですね。
避けられない死に不安を感じるよりも、両親が生きている今を大切にしようと少し決心ができました。
ありがとうございます。