見られることへの不安と怒り回答受付中
度々失礼いたします。
また、私の悩みを聞いていただきたく、相談させていただくことにしました。
私はよく、人から視線を感じることがあり、そちらに目を向けると、本当に見られているということがあります。
3年前、友人と飲食店にいる時に、じっと見られたため、「ん?」と言うと、「何?」とキツく言われて、今でも根に持っています。
最近は、レジを待っている時に、後ろの人に、至近距離で見られて、見返すと「なんだよ」と怒られたり、相手が見てきたのに、責められて、強い不快感と怒りを覚えました。
今まで、堪えてきましたが、責められたら、「先に見てきたのはあなただからおかしいです。」と言ってやればよかったと後悔の気持ちが大きいです。
一方で、余計に事が大きくなる可能性を考えると、黙っている方が得策なのではないかとも感じています。
たとえ相手にそのつもりがなかったとしても、関係ないと思います。実際にその行為があったという事実は変わらないからです。
気にしないのが1番ですが、本当に怖い視線なので、逆ギレしてくるのが、本当に気持ち悪く感じます。
また、このようなことで警察に通報するのは、だめなのでしょうか。
やり場のない怒りをここで呟かせていただきました。ありがとうございます。
お坊さんからの回答 1件
回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。
「関わらない」という選択で、ご自身の身と心を平穏に保つこと。
度重なる不条理な出来事に、どれほど怖い思いをされ、また悔しい思いを抱えてこられたことでしょう。その「やり場のない怒り」は、人間として当然の感情です。決してご自分を責めないでください。
警察への相談ですが、身の危険を感じる緊急時は迷わず通報すべきです。しかし、視線や言葉だけでは対応が難しい現実もあるかもしれません。それでも「何かあったら警察を呼ぶ」という心構えは、ご自身を守る「お守り」になります。過剰ではありません。
仏教には「凡夫(ぼんぶ)」という言葉があります。私たち人間は皆、煩悩にまみれ、理不尽な怒りや欲望に振り回される愚かな存在であるという意味です。 相手がジロジロ見たり逆ギレしたりするのは、その相手自身が自分の煩悩(イライラや満たされない心)を制御できず、苦しんでいる姿でもあります。あなたのせいではなく、相手の心の問題なのです。
言い返さなかったことを後悔されていますが、私はその判断こそが、あなた自身を守った「智慧」であったと思います。言葉を返せば、相手の怒りの火に油を注ぎ、さらなる危険を招いていたかもしれません。 同じ土俵に立って争うのではなく、「関わらない」という選択で、ご自身の身と心を平穏に保つこと。それが最大の勝利であり、ご自身への慈悲です。
拝
縁起寺 釋聴法
質問者からのお礼
縁起寺 釋聴法様
ご回答ありがとうございます。
小さいことで嫌な気分になって、そんな自分に自己嫌悪を感じていましたが、人として当たり前と言ってくださりありがとうございます。
やはりこのような些細なので、警察に対応していただくのは難しいですよね。
言ってスッキリすればよかったと思ったこともありましたが、釋聴法様が言ってくださったように、同じ土俵に立たず、大人の対応ができた自分が勝ったと思うことにします。
優しいお言葉をありがとうございました。



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現在も非常勤講師を行っているため、少々対応にお時間をいただく場合もありますが、できるだけ早く対応できるように調整いたします。
◆職場や学校での人間関係がうまくいかない
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◆卒業後の進路を決める事ができない
◆別れた交際相手の事を忘れる事ができない
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◆家族や大切な人を亡くして心の整理がつかない
◆何事も悪い方向に捉えてしまい、自己嫌悪に陥っている
◆ついつい他人に辛くあたってしまい、後悔を繰り返す
◆毎日充実した日々を送れるように、仏教の勉強がしたい
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