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さみしい回答受付中

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有り難し有り難し 2

私はいつも人との関係、距離を取るのが難しく苦労します。
見返りを期待せず仕事で自分からサポート、協力していますが、相手の反応がなかったり、自分が期待した反応ではなかったり。
あれ、あの人仲間だと思ったのに。協力できる間柄と思ってたのに違った。など。
そのうち相手に対し一方的に不信感を抱いたり、攻撃的になってしまったりと。
ずっと人に近づいては離れ、近づいては離れを繰り返してきました。
そこでいつも思うのは相手は私が思うような感情を持っていないことです。
ずっと両親から兄弟と比べられ、言動行動を制約され、ありのままの自分を認めてもらえなかった想い。
他人に対する敵意。親兄弟、親子であっても信用ならない、裏切る存在と強く思ってきました。自分自身も信用できていないのかも。
仕事をしていて、給料もいただけていますが、どこか空虚、自分を褒めてくれない、引き立ててくれない、と不満が渦巻いています。
いつも満足しないのです。
他人を許すことができない。怒ったら怒りすぎてしまうなどします。
そんな自分の気持ちは晴れることなどない、外に私が満足するようなことはありもしないとわかりながらも気持ちが逃げてしまいがちです。
こんな私にアドバイスをお願いします。
よろしくお願い致します。

2026年2月2日 15:47
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お坊さんからの回答 1件

回答は各僧侶の個人的な意見で、仏教教義や宗派見解と異なることがあります。
多くの回答からあなたの人生を探してみてください。

満足できない私にも、居場所がある

うしくん、ご相談をお寄せくださり、ありがとうございます。
人との距離がうまくつかめず、期待しては傷つき、信じたいのに疑ってしまう。その繰り返しの中で、不信感や怒りが強くなっていく――とても苦しく、孤独な思いを抱えてこられたのですね。ここまで正直に言葉にしてくださったこと自体が、どれほどしんどかったかを物語っているように感じます。

お話を伺っていると、あなたの悩みは決して特別なものではなく、多くの人が形を変えて抱えている痛みでもあるように思います。人は誰しも、認めてほしい、わかってほしいという願いを持ちながら、それが満たされない経験を重ねていきます。とくに、幼い頃に比べられたり、ありのままを受け止めてもらえなかった体験があると、人との関係の中で「また同じことが起こるのでは」と身構えてしまうのも、無理のないことですね。

人を信じたいのに信じきれない。見返りを期待しないつもりでも、心のどこかで期待してしまう。怒らないようにと思うほど、怒りが大きくなる。そうした姿は、「弱いから」「未熟だから」ではなく、人として自然な心の動きなのだと思います。私たちは皆、満たされなさや不安、怒りを抱えながら生きており、簡単に手放せるものではありません。

だからこそ、「変わらなければ」「許さなければ」と自分を追い詰めるよりも、「今の私は、満足できず、怒りを抱えているのだな」と、まず気づいてあげることが大切なのかもしれません。良し悪しを判断せず、そのままの心を見つめるところからしか、次の一歩は生まれないように思います。

もし気持ちが荒れてどうしようもないときは、ほんのひととき立ち止まり、静かに息を整えたり、「それでも生きている私がいるな」とつぶやいてみてください。小さなことで構いません。

どうか一人で抱え込まず、またいつでも言葉を寄せてください。
あなたの歩みが、少しずつでも支えられていきますように。

2026年2月2日 22:43
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有り難し
おきもち

個別相談可能
真宗山元派上西山正善寺住職

質問者からのお礼

藤堂師コメントありがとうございます。

私自身はココロを言葉のごとく素直に書かせてもらいました。実はこれははじめてです。
私の思いをまっすぐ受け止めてくださりうれしいです。
いつも、何かしらの引っかかりがコメントにはあります。失礼ながら。
でも、藤堂師のコメントにはそれを感じません。すっと胸に落ちます。
ありがとうございます。
いただきましたコメントを噛み砕いて咀嚼して自分の糧にします。ありがとうございます。

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